村木厚子さんの家族について語るうえで避けられないのが、2009年に起きた郵便不正事件です。
当時、厚生労働省の局長だった村木さんは、障害者団体向けの郵便割引制度を悪用した事件に関与した疑いで逮捕されました。
その後、164日間の勾留を経験します。
このとき、夫と娘たちはどのように過ごしていたのでしょうか。
逮捕を娘たちにニュースで知られたくなかった2017年の対談をもとにした2026年8月6日公開の『致知』掲載記事で、村木さんは逮捕された瞬間の出来事を振り返っています。
逮捕を告げられたとき、村木さんが最初に考えたのは家族への連絡でした。
しかし、夫は海外出張中。自宅には娘がいました。
村木さんは、娘がテレビをつけて母親の逮捕を知ることだけは避けたいと考えました。
そこで、検事から家族への連絡先を尋ねられた際、電話番号を探すふりをして夫にメールを送ります。
その内容は、ひらがな3文字の「たいほ」でした。
漢字変換の失敗を避けるため、あえてひらがなで送信したというエピソードです。
夫なら、その後の対応を引き受けてくれると信頼していたことも語っています。
このエピソードから分かるのは、逮捕という極限の状況でも、村木さんが娘たちの日常への影響を気遣っていたことです。
なお、娘たちが逮捕の報道を実際にどう受け止めたのか、当時どのような言葉を母親に伝えたのかについては、具体的な証言は確認できません。
娘たちの存在が勾留生活を乗り越える力になった村木さんは勾留中、娘たちの存在が精神的な支えになったと話しています。
『致知』のインタビューでは、将来、娘たちが困難に直面したときに、母親も最後まで頑張ったのだから自分たちも頑張ろうと思ってもらえるようにしたい、という趣旨の話をしています。
つまり、娘たちは単に心配する家族というだけではありませんでした。
村木さん自身が、母親として娘たちに何を残せるかを考えるきっかけにもなっていたのです。
164日間、夫と娘たちが守った日常2025年5月16日公開のマイナビ転職のインタビューでは、事件当時の家庭の様子がさらに詳しく語られています。
村木さんが拘置所に入った後、弁護士から夫に家事の支援が必要か尋ねられたそうです。
ところが、夫は家事をする人を新たに雇う必要性を感じなかったといいます。
それまでにも夫や娘たちが家事を担っていたため、村木さんが家にいなくなっても、家族の生活は大きく変わらなかったのです。
夫の返答は「今までと何も変わりませんから」というものでした。
村木さんは、夫婦ともに働き、家族全員が家事をこなせる家庭だったことが、思いがけず大きな強みになったと振り返っています。
そして、164日間の勾留中も家族の生活については心配していなかったと明かしました。
家族が日常を守ってくれたことは、村木さんにとって大きな精神的な支えでした。
郵便不正事件の経緯と無罪確定まで事件の主な経緯は次のとおりです。
- 2009年:郵便不正事件で逮捕・起訴
- 2009年11月24日:164日間の勾留を経て保釈
- 2010年9月21日:大阪地裁で無罪判決
- 2010年:検察が控訴を断念し、無罪が確定
東京都人権啓発センターのインタビューでは、村木さん自身が事件の背景や取り調べの問題点を詳しく説明しています。
事件では、検察側の筋書きに合うような供述調書が作られ、捜査資料の改ざんも発覚しました。
村木さんは無罪確定後、事件の検証を求めて国家賠償請求訴訟を起こしています。
この経験は、その後の刑事司法制度や冤罪防止についての活動にもつながりました。
【2026年現在】村木厚子さんの仕事と全国社会福祉協議会会長としての活動

娘たちの母親としての顔だけでなく、村木さんは行政や社会福祉の分野でも長く活動してきました。
2026年現在の公的な肩書として確認できるのが、社会福祉法人・全国社会福祉協議会の会長です。
厚生労働省で37年間勤務したキャリア村木さんは1955年、高知県に生まれました。
高知大学を卒業後、1978年に労働省(現在の厚生労働省)へ入省しています。
女性政策や障害者政策、子ども・家庭に関する行政などを担当し、2008年には雇用均等・児童家庭局長に就任しました。
その後、郵便不正事件による逮捕と無罪確定を経て職場復帰し、2013年には厚生労働事務次官に就任しています。
2015年に退官するまで、国家公務員として37年間勤務しました。
2026年も全国社会福祉協議会の会長全国社会福祉協議会の公式法人概要では、2026年4月時点の代表者として村木厚子さんの名前が掲載されています。
また、同協議会の2026年1月7日発行の広報誌でも、年頭のメッセージを会長として発信しています。
2025年6月には会長の再任も公表されています。
全国社会福祉協議会は、都道府県や市区町村の社会福祉協議会、福祉施設や福祉関係団体などと連携し、地域福祉の推進や政策提言を担う組織です。
村木さんは行政で培った経験を生かし、福祉政策や地域での支援体制づくりに携わっています。
若年女性や生きづらさを抱える人への支援村木さんは、若年女性の支援にも力を入れてきました。
2016年に発足した若草プロジェクトでは、困難を抱える若い女性を支える活動に取り組んでいます。
また、障害のある人の権利擁護や社会復帰を支援する活動にも携わっています。
郵便不正事件で自身が経験した人権上の問題を、社会的な支援の取り組みに結び付けてきたことも、村木さんの活動の特徴です。
【プロの結論】村木厚子さんの娘をめぐる情報で本当に注目すべきこと
村木厚子さんの娘について調べると、名前や年齢、結婚、孫といったプライベートな情報に関心が集まりがちです。
しかし、本人が公に語ってきた内容をたどると、より重要な事実が見えてきます。
それは、村木さんが仕事と家庭をどちらか一方に限定せず、家族や周囲の協力を得ながら両方を大切にしてきたことです。
情報を見極める3つのポイント1.本人が語った事実を優先する
娘が2人いること、29歳と35歳で出産したこと、夫が労働省の同期だったことは、本人のインタビューで確認できます。
一方、娘の実名や勤務先などは別の情報です。公表されていない情報を、推測で補う必要はありません。
2.母親の発言と娘本人の発言を区別する
村木さんは娘たちとの生活や、家族に支えられた経験を語っています。
しかし、それは母親側からの回想です。娘たち自身が現在どのような生活を送り、母親についてどう考えているかまで分かるものではありません。
3.事件と家族の関係を正確に理解する
郵便不正事件の際、娘たちの存在が村木さんの心の支えになったことは本人が語っています。
また、夫と娘たちが家事を担い、家族の生活を維持したことも本人の証言で確認できます。
ただし、娘たちが逮捕時にどのような反応を示したのかについては、具体的な証言と母親の回想を区別する必要があります。
村木さんの家族のエピソードから読み取れるのは、家族を守ることと、家族に支えられることの両方が、長いキャリアを支えていたという点です。
【村木厚子さんの娘】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:村木厚子さんの娘は何人いますか?
A1:娘は2人です。長女は村木さんが29歳のとき、次女は35歳のときに誕生しました。
Q2:村木厚子さんの娘の名前や現在の年齢は公表されていますか?
A2:長女と次女の存在や出産時の年齢は本人が公表していますが、娘たちの実名や正確な生年月日、2026年現在の年齢は確認できません。
Q3:村木厚子さんが逮捕されたとき、娘たちはどう反応しましたか?
A3:娘たちの具体的な反応は公表情報から確認できません。ただし、村木さんは娘がテレビで逮捕を知ることを避けようと夫に「たいほ」とメールを送りました。また、勾留中は娘たちの存在が頑張り続ける心の支えになったと語っています。
Q4:村木厚子さんには孫がいますか?
A4:孫の有無については、本人の公表情報や確認できる報道から判断できません。
Q5:村木厚子さんは2026年現在、何をしていますか?
A5:2026年4月時点の全国社会福祉協議会の公式情報では、会長を務めています。地域福祉や社会福祉政策の推進などに取り組んでいます。
村木厚子さんには、長女と次女の2人の娘がいます。29歳で長女を、35歳で次女を出産したことは、本人のインタビューで明らかになっています。
娘たちの名前や現在の職業、結婚状況、孫の有無などは公表情報から確認できません。
一方、夫が労働省の同期であり、家事や育児を積極的に担ってきたこと、娘たちも家族の一員として家庭を支えてきたことは、本人の具体的な回想から伝わってきます。
特に2009年の郵便不正事件では、164日間の勾留を経験しながらも、家族の存在を心の支えとして無罪を勝ち取りました。
そして2026年現在、村木さんは全国社会福祉協議会の会長として社会福祉の分野で活動を続けています。
村木厚子さんの歩みを理解するうえで欠かせないのは、仕事での実績だけでなく、夫や娘たちと築いてきた家族の協力関係です。 家族のプライバシーを尊重しながら、本人が語った経験に目を向けることが、その人物像を正しく理解する手掛かりになります。