2026年11月現在の振分親方は、元関脇・妙義龍泰成(みょうぎりゅう・やすなり)です。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、次のように紹介されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の年寄名 | 振分泰成 |
| 現役時代の四股名 | 妙義龍泰成 |
| 本名 | 宮本泰成 |
| 生年月日 | 1986年10月22日 |
| 年齢 | 40歳(2026年11月時点) |
| 出身地 | 兵庫県高砂市 |
| 所属部屋 | 境川部屋 |
| 身長 | 188cm |
| 体重 | 153kg(現役時代の登録値) |
| 現役最高位 | 関脇 |
| 初土俵 | 2009年5月場所 |
| 引退場所 | 2024年9月場所 |
妙義龍は埼玉栄高校から日本体育大学へ進み、大学4年時には国体成年個人で優勝。幕下15枚目格付け出しの資格を得て、境川部屋から角界入りしました。
2009年5月場所で初土俵を踏み、2010年1月場所で新十両、2011年11月場所で新入幕を果たしています。
2012年には新小結、新関脇へと昇進。最高位は関脇で、幕内上位を中心に長く活躍しました。
妙義龍の戦歴と代表的な実績妙義龍の特徴は、立ち合いの鋭さと相手の懐に入る速攻相撲です。
特に、おっつけやはず押しを生かした攻めには定評があり、大型力士にも正面から対抗する技術を持っていました。
日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている主な記録は次のとおりです。
| 実績 | 記録 |
|---|---|
| 生涯戦歴 | 601勝597敗79休 |
| 生涯在位 | 91場所 |
| 幕内在位 | 71場所 |
| 幕内戦歴 | 495勝539敗31休 |
| 技能賞 | 6回 |
| 金星 | 6個 |
| 十両優勝 | 3回 |
| 幕下優勝 | 1回 |
| 三役在位 | 13場所 |
特筆すべきは、技能賞6回、金星6個という実績です。
金星は、平幕力士が横綱を破った際に与えられる殊勲です。妙義龍は白鵬、日馬富士、鶴竜、稀勢の里といった横綱から金星を獲得しました。
単に勝ち星を積み重ねただけではなく、技術とスピードを武器に横綱にも立ち向かった力士だったことが分かります。
【引退の真相】妙義龍はなぜ2024年に振分親方を襲名した?

妙義龍が現役引退を決断したのは、2024年9月24日です。
日本相撲協会は同日、理事会で元関脇・妙義龍の引退と年寄「振分」の襲名を承認したと発表しました。
引退の背景には膝の故障と番付の変化妙義龍は現役生活を通じて膝の故障に悩まされてきました。
新十両として迎えた2010年1月場所でも左膝を負傷。一時は三段目まで番付を落とす苦しい時期を経験しました。
それでも復活し、2011年11月場所で新入幕を達成。2012年には関脇まで昇進しました。
しかし、長年の土俵生活による身体への負担は大きく、2024年には厳しい状況に直面します。
- 2024年5月の夏場所で幕内から十両へ降格。
- 2024年9月の秋場所は西十両9枚目で迎える。
- 左膝の痛みにより秋場所を全休。
- 九州場所で幕下への転落が見込まれる状況となる。
- 2024年9月24日に現役引退と振分襲名が発表される。
15年以上にわたる力士生活の最後は、華々しい優勝ではなく、故障との闘いの末に迎えた引退でした。
引退後は境川部屋で後進の指導へ引退後の進路として選んだのが、年寄「振分」の襲名です。
現役時代から所属していた境川部屋に残り、部屋付き親方として後輩力士の指導に携わることになりました。
2025年3月の神戸新聞の報道では、振分親方が指導者としての歩みを始め、故郷・兵庫県の力士育成にも意欲を示していることが伝えられています。
また、2025年10月5日には両国国技館で「妙義龍引退振分襲名披露大相撲」が開催され、断髪式も行われました。
現役力士としての妙義龍に区切りをつけ、指導者として新しい段階に入った節目の行事です。
【歴代一覧】振分親方は妙義龍だけではない!名跡の継承を時系列で解説
振分親方を調べると、寶千山、佐田の富士、旭日松、高見盛、妙義龍と複数の力士の名前が出てきます。
これは、振分が特定の人物だけに与えられる称号ではなく、引退した力士が引き継いで名乗る年寄名跡だからです。
振分の名跡を継承した主な親方| 時期 | 振分を名乗った人物 | 現役時代の四股名・その後 |
|---|---|---|
| 2008年10月以降 | 元横綱・武蔵丸 | 一時的に借株で襲名。その後、大島を襲名 |
| 2013年1月 | 高見盛 | 2020年に東関を襲名 |
| 2020年12月25日 | 寶千山 | 2023年12月に出来山へ変更 |
| 2023年12月27日 | 佐田の富士 | 2024年4月17日に協会を退職 |
| 2024年7月29日 | 旭日松 | 元桐山親方 |
| 2024年9月24日~現在 | 妙義龍 | 現・振分泰成 |
※時期は日本相撲協会の襲名発表および報道資料に基づく。武蔵丸については借株による襲名。
この一覧から分かるように、振分の名跡は複数の力士によって受け継がれてきました。
寶千山から佐田の富士への継承2020年12月25日、元幕内・寶千山が年寄「君ヶ濱」から「振分」へ名跡を変更しました。
寶千山は境川部屋で現役生活を送り、2013年九州場所後に引退した力士です。
その後、2023年12月27日に日本相撲協会が名跡の継承を発表。
- 寶千山:振分から出来山へ変更。
- 佐田の富士:出来山から振分へ変更。
同じ境川部屋に所属していた2人が名跡を交換する形となりました。
佐田の富士は2017年に現役を引退し、中村、山科、出来山などを経て振分を襲名していました。
ところが、2024年4月17日に協会を退職。これにより、振分の名跡は再び動くことになります。
旭日松も2024年に振分を襲名していた2024年7月29日付で、元幕内・旭日松の桐山親方が年寄「振分」を襲名しました。
日本相撲協会は8月1日に正式発表しています。
旭日松は2021年6月に現役を引退し、年寄「桐山」を襲名していた元力士です。
その後、2024年9月24日に元関脇・妙義龍の振分襲名が承認されました。
つまり、2024年だけを見ても、佐田の富士、旭日松、妙義龍と名跡の継承が続いていたことになります。
このような短期間での名跡変更は、相撲界の年寄名跡制度を理解するうえで押さえておきたいポイントです。
【徹底比較】振分親方と元高見盛の東関親方は別人?
振分親方について検索すると、元高見盛の名前が出てくることがあります。
しかし、2026年現在の振分親方は妙義龍であり、高見盛とは別人です。
混同される理由は、高見盛自身も過去に年寄「振分」を名乗っていたからです。
元高見盛は現在、東関親方高見盛精彦は、青森県出身の元小結です。
取組前に顔や胸をたたいて気合を入れる独特のパフォーマンスで人気を集め、「ロボコップ」の愛称でも親しまれました。
2013年1月場所後に現役を引退し、年寄「振分」を襲名しています。
その後、2020年1月30日、日本相撲協会の理事会で年寄「東関」の継承と東関部屋の継承が承認されました。
これにより振分の名跡を離れ、東関親方となっています。
2026年現在は八角部屋所属の東関親方として活動しています。
妙義龍と高見盛の違い| 比較項目 | 現・振分親方 | 元振分親方 |
|---|---|---|
| 本名 | 宮本泰成 | 加藤精彦 |
| 現役時代 | 妙義龍 | 高見盛 |
| 出身地 | 兵庫県高砂市 | 青森県板柳町 |
| 生年月日 | 1986年10月22日 | 1976年5月12日 |
| 現役最高位 | 関脇 | 小結 |
| 引退 | 2024年9月 | 2013年1月 |
| 現在の年寄名 | 振分 | 東関 |
| 所属部屋 | 境川部屋 | 八角部屋 |
高見盛は2026年5月12日に50歳を迎えています。
一方、妙義龍は2026年10月22日に40歳になりました。
両者は現役時代の四股名も出身地も最高位も異なります。
したがって、検索結果に「振分親方・高見盛」と出てきた場合は、過去の振分親方を指していると理解すると混乱しません。
【年寄名跡の仕組み】振分親方はなぜ名前を引き継げるのか?
相撲界の年寄名跡は、一般的な会社の役職や現役力士の番付とは異なる制度です。
「振分」は年寄名跡の一つであり、その名跡を襲名した人物が振分親方と呼ばれます。
年寄名跡とは何か年寄とは、日本相撲協会で正式に使われる親方の呼称です。
力士が現役を引退した後も協会に残り、後進の指導や協会の運営に携わるためには、原則として年寄名跡を襲名する必要があります。
日本相撲協会の定款第47条では、年寄名跡を協会が管理すること、退任する年寄が後継者を推薦できること、襲名者は年寄資格審査委員会の審査を経て理事会で決定されることが定められています。
また、名跡の襲名や後継者推薦に関して金銭などを授受することは禁止されています。
年寄名跡の継承で押さえたい3つのポイント1. 名跡は個人の自由な称号ではない。 日本相撲協会が管理する制度上の名称です。
2. 襲名には協会の承認が必要。 後継者の推薦だけで自動的に継承が成立するわけではありません。
3. 名跡と協会内の担当職務は別。 振分を名乗ることと、指導普及部などの担当になることは異なる仕組みです。
妙義龍が2024年9月24日に振分を襲名できたのも、この制度に基づく理事会の承認があったためです。
2026年現在の振分親方の担当職務日本相撲協会が公表している2026年10月16日現在の職務分掌では、振分泰成は次の部署を担当しています。
- 指導普及部
- 社会貢献部
指導普及部は、相撲の技術や文化を広め、後進の育成にも関わる部署です。
社会貢献部は、相撲協会が社会に対して行う活動を担当します。
つまり、振分親方は境川部屋での力士指導だけでなく、日本相撲協会の組織の一員としても仕事を担っているのです。
境川部屋での役割は?振分親方は境川部屋の師匠ではなく、部屋付き親方です。
師匠は元小結・両国の境川親方が務めています。
現役時代に培った経験を生かし、後輩力士に技術や相撲への取り組み方を伝える立場です。
2025年5月の日本相撲協会主催の親方トークイベントでは、振分親方が指導方法について語り、分かりやすく教えることの難しさにも触れました。
また、弟弟子の平戸海にも期待を寄せていました。
長年にわたり幕内上位で戦ってきた経験は、これからの力士を育てるうえで貴重な財産になるはずです。
【プロの結論】2026年の振分親方を理解する3つの視点
振分親方を調べる際に大切なのは、現役時代の四股名、年寄名跡、現在の協会内での役割を分けて理解することです。
特に重要なのは次の3点です。
1. 現在の振分親方は元妙義龍
2024年9月24日の襲名以降、振分泰成として活動しています。2026年11月時点で40歳、兵庫県高砂市出身です。
2. 高見盛は現在の振分親方ではない
高見盛は2013年から振分を名乗っていましたが、2020年に東関を襲名しました。現在は東関親方として八角部屋に所属しています。
3. 振分親方の仕事は現役時代の延長にある
境川部屋での後進指導に加え、日本相撲協会の指導普及部・社会貢献部も担当しています。現役時代の技能賞6回、金星6個という実績を、今後は指導者としてどう生かしていくかが注目されます。
【振分親方に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:2026年現在の振分親方は誰ですか?
A1:元関脇・妙義龍です。本名は宮本泰成で、2024年9月24日に現役を引退して年寄「振分」を襲名しました。
Q2:振分親方と高見盛は同一人物ですか?
A2:別人です。高見盛は2013年に振分を襲名しましたが、2020年に東関を継承・襲名しました。現在の振分親方は元妙義龍です。
Q3:振分親方の本名と年齢、出身地は?
A3:本名は宮本泰成、生年月日は1986年10月22日、出身地は兵庫県高砂市です。2026年11月時点で40歳です。
Q4:振分親方はどこの相撲部屋に所属していますか?
A4:境川部屋です。師匠は元小結・両国の境川親方で、振分親方は部屋付き親方として後輩の指導に当たっています。
Q5:妙義龍は現役時代にどのような実績を残しましたか?
A5:最高位は関脇です。技能賞6回、金星6個、生涯戦歴601勝597敗79休を記録しました。幕内には71場所在位しています。
Q6:振分親方の前に名跡を襲名していた力士は誰ですか?
A6:近年では元旭日松、元佐田の富士、元寶千山、元高見盛などがいます。さらに元横綱・武蔵丸も過去に振分を名乗っていました。
Q7:振分親方は現在、相撲協会でどのような仕事をしていますか?
A7:2026年10月16日現在の職務分掌では、指導普及部と社会貢献部を担当しています。境川部屋での後進指導と並行して協会の業務にも携わっています。
2026年現在の振分親方は、元関脇・妙義龍こと宮本泰成氏です。
2024年9月の現役引退と年寄襲名を経て、現在は境川部屋の部屋付き親方として後進の育成に取り組んでいます。
振分という名前は、元高見盛、寶千山、佐田の富士、旭日松など、複数の元力士が受け継いできた年寄名跡です。
特に高見盛は、2020年に東関親方へと変わっているため、現在の振分親方と混同しないよう注意が必要です。
現役時代に技能賞6回、金星6個という輝かしい実績を残した妙義龍。これからは指導者として、どのような力士を育てていくのか。
土俵で培った技術と経験が次世代にどう受け継がれていくか、振分親方の今後の活動にも注目が集まります。
主な根拠資料
- 日本相撲協会「振分泰成・年寄プロフィール」
- 日本相撲協会「2024年9月24日 引退および年寄襲名のお知らせ」
- 日本相撲協会「2026年10月16日現在の職務分掌」
- 日本相撲協会「境川部屋」
- 日本相撲協会「年寄名跡襲名のお知らせ」
- 日本相撲協会「定款」第47条・第48条
- 日刊スポーツ・神戸新聞・スポニチの引退、襲名、指導活動に関する報道