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木村昇吾の現在は?2026年クリケットJPL優勝と181点、IPL挑戦の行方を徹底解説

桐原 星奈 桐原 星奈 • 更新: • 公開: • 読了約 22 分
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訂正: 先ほどの要約にあった「西関東サンライズ」は誤記です。日本クリケット協会の2026年公式大会記録によると、優勝したのは東関東サンライズ(East Kanto Sunrisers)です。木村は同チームの一員として優勝に貢献しています。日本クリケット協会の試合記事では、木村が69点を無失点で記録したことも確認できます。

以下、2026年11月5日時点の情報を反映した記事全文です。

元プロ野球選手の木村昇吾は、2026年現在、クリケット選手として競技生活を続けている。横浜ベイスターズ、広島東洋カープ、埼玉西武ライオンズの3球団でプレーした内野手が、2017年の戦力外通告を機に選んだのは、日本ではまだ競技人口の少ないクリケットの世界だった。

転身から約8年。木村は日本国内の競技で実績を積み、2026年にはジャパン・プレミア・リーグ(JPL)で東関東サンライズの優勝に貢献。加えて、ジャパン・クリケット・リーグ(JCL)Div1では181点の歴代2位記録を残した。現在も世界最高峰のインディアン・プレミアリーグ(IPL)を目指す挑戦を続けている。

ただし、IPLについては挑戦計画と実際の契約成立を区別する必要がある。2026年8月のインタビューではビザなどの制度的な問題も明らかになっており、海外挑戦の現状は単純な成功物語ではない。

【2026年最新】木村昇吾の現在はクリケット選手!46歳で続く海外挑戦

木村昇吾

1980年4月16日、大阪府生まれの木村昇吾は、2026年11月現在46歳。プロ野球選手としての現役生活を終えた後も、競技者としてのキャリアを継続している。

現在の活動の中心は、日本国内のクリケットリーグへの参加と、世界最高峰のプロリーグを目指した技術向上だ。

現在の主な活動

2026年の木村の活動を整理すると、次のようになる。

- 国内リーグ:JCL Div1などでプレー
- JPL:東関東サンライズの優勝に貢献
- 個人成績:JCL Div1で181点not outを記録
- 海外挑戦:インドのプロリーグへの参戦を目指す
- 普及活動:クリケット体験イベント「CrickeTRY」や「CRICKET BANG」などに関わる
- 情報発信:YouTubeやオンラインコミュニティを通じて競技の魅力を紹介

日本クリケット協会の2026年公式試合記録では、木村はワイヴァーンズの選手としてJCL関連の試合にも出場している。7月4日のJCL T20では59球で92点を記録した。国内で継続的に試合経験を積んでいることが分かる。

また、木村の公式サイトでは、クリケットのルール解説や海外挑戦の様子をYouTubeで発信する活動も紹介されている。

現在も日本代表なのか?

ここは少し注意したいポイントだ。

木村は2018年にクリケット男子日本代表強化選手団に選ばれ、2022年にも日本代表選手団に選出された。2023年には杭州アジア大会にも出場している。

一方、2026年8月に発表された男子日本代表の選手一覧には木村の名前が確認できない。そのため、過去の日本代表経験と2026年現在の代表登録を同じものとして扱うのは正確ではない。

現在の木村を表すなら、元プロ野球選手であり、元日本代表経験を持つ現役クリケット選手という説明が適切だ。

【野球時代の経歴】横浜・広島・西武で歩んだ15年間を年表で整理

木村昇吾の野球人生は、スター選手として本塁打を量産するタイプではなく、守備力、俊足、複数ポジションへの対応力を武器にチームを支えるキャリアだった。

尽誠学園では3年夏に甲子園へ出場。愛知学院大学では遊撃手として活躍し、大学リーグでベストナインを5度獲得した。リーグ通算打率は.318、5本塁打という成績を残している。

木村昇吾のプロ野球経歴・年表
年代 所属・出来事 主な実績・転換点
1998年 尽誠学園 3年夏に甲子園出場
1999年 愛知学院大学 遊撃手として活躍、ベストナイン5度
2002年 横浜ベイスターズ ドラフト11位で入団
2003年 横浜 プロ初安打を記録
2006年 横浜 フレッシュオールスター出場
2007年オフ 広島東洋カープへ移籍 交換トレード
2011年 広島 自己最多106試合出場、37犠打
2015年オフ FA権行使 広島を退団
2016年 埼玉西武ライオンズ 入団テストを経て移籍
2016年 西武 右膝前十字靱帯断裂
2017年 西武 育成契約を経て戦力外通告
2018年 クリケットへ転身 男子日本代表強化選手団に選出
2023年 クリケット日本代表 杭州アジア大会に出場
2026年 国内クリケットリーグ JPL優勝に貢献、JCL Div1で181点

※経歴は本人公式プロフィール、日刊スポーツ、週プレNEWS、スポーツコミュニケーションズなどの記録をもとに整理。

横浜時代:ドラフト11位からプロの世界へ

2002年のドラフト11位で横浜ベイスターズに入団した木村。プロ入り当初から一軍の主力として定着したわけではなかった。

しかし、内野の複数ポジションを守れる器用さと俊足を生かし、出場機会を増やしていく。

2003年にはプロ初安打を記録。2006年にはフレッシュオールスターにも出場した。

広島時代:ユーティリティープレーヤーとして存在感

2007年オフ、交換トレードによって広島東洋カープへ移籍した。

広島では守備固めや代走など、試合の流れを変える役割で評価を高めた。2008年には代走で36試合、守備固めで46試合に出場し、いずれもセ・リーグ最多だったと週プレNEWSが報じている。

2011年には梵英心の故障による長期離脱を受けて遊撃のレギュラーに定着。自己最多となる106試合に出場し、37犠打を記録した。

レギュラーとしての出場だけでなく、チーム状況に合わせて役割を変えられることが木村の強みだった。

西武時代:FA移籍と大きなけが

2015年オフ、FA権を行使して広島を退団。移籍先がすぐに決まらない中、埼玉西武ライオンズの入団テストを経て2016年からプレーした。

しかし、2016年に右膝前十字靱帯を断裂する大けがを負い、長期離脱を余儀なくされた。

2017年には育成選手契約となり、シーズン終了後に戦力外通告を受けた。

日刊スポーツによると、プロ野球通算成績は733試合、294安打、3本塁打、71打点、34盗塁。派手な長打力よりも、守備と走塁でチームに貢献した選手だった。

【転身の理由】2017年の戦力外通告からクリケットを選んだ本当の背景

木村昇吾の転身を理解するうえで重要なのは、単にプロ野球で戦力外になったから別の仕事を探した、という説明では足りないことだ。

彼が求めていたのは、野球を離れてもアスリートであり続けることだった。

合同トライアウト後に届いた意外な提案

2017年オフに戦力外通告を受けた木村は、12球団合同トライアウトに参加した。

現役続行への意欲は強く、本人にも翌シーズンにプレーできるという感覚が残っていたという。しかし、NPB球団から獲得オファーは届かなかった。

その時期、知人の新聞記者からクリケットへの転向を勧められた。

日本クリケット協会が競技適性のある選手を探しており、プロ野球選手会を通じて候補者を募っていたことがきっかけだった。

2018年のスポーツコミュニケーションズのインタビューで、木村は当時の気持ちを語っている。

「まだアスリートでいたかった。それでどうしようかと考えているときに、ちょうど知人から電話があって、クリケットという話が出た」

当初、クリケットについては名前を知っている程度だった。それでも新しい競技でアスリートとしての第二章を始められることに魅力を感じ、転向を決断した。

なぜコーチではなく選手を選んだのか

実は、木村には社会人野球や独立リーグなどで兼任コーチとして活動する選択肢もあった。

しかし、指導者として野球に関わるより、自分自身が競技の最前線に立ち続けたいという思いが強かった。

本人の説明では、兼任コーチになると選手としての活動に100%集中できないという問題があった。

ここに木村の転身理由の核心がある。

野球への未練を断ち切ったというより、競技者としての人生そのものを終わらせたくなかったのだ。

野球経験はクリケットで生かせるのか

野球とクリケットは、ボールを打つ競技という共通点がある。

ただし、打撃フォームやボールへの対応は大きく異なる。

クリケットではバットを縦方向に振る技術が重要になり、ワンバウンドしたボールへの対応も求められる。守備では素手でボールを扱う場面もある。

野球で培った身体能力や守備、走塁の技術は役立つ一方、長年染み付いた打撃動作を修正する必要があった。

2026年8月のOCEANSのインタビューでも、木村は野球の打ち方がかえってクリケットへの適応を難しくしたと振り返っている。

転向は競技を変えるだけではなく、身体の使い方を一から学び直す作業でもあった。

【クリケット日本代表への道】オーストラリア・スリランカで積んだ経験

2018年、木村はクリケット男子日本代表強化選手団に選出された。

プロ野球からクリケットへの転向自体が珍しい中、競技を始めて間もない選手が代表強化選手に入ったことは大きな話題となった。

海外での武者修行

木村は国内の練習だけに頼らず、競技レベルの高い海外へ積極的に足を運んだ。

本人公式プロフィールに記載されている主な活動は次の通り。

- 2018年7月:オーストラリア・ダーウィンのストライクリーグに参加
- 2018年10月:メルボルンのセントキルダ・クリケットクラブでプレー
- 2018年12月:トゥーラック・プラーラン・クリケットクラブでリーグ戦に参加
- 2019年8月:スリランカのSSCで練習
- 2020年2月:SSCのリーグ戦に参加
- 2021年2月:スリランカのプロチームSSCに登録
- 2022年5月:日本代表選手団に選出
- 2023年:杭州アジア大会に出場

2020年には新型コロナウイルスの影響でスリランカから帰国。海外での練習機会が限られる時期も経験した。

日本代表としての実績

2018年の東アジアカップでは日本代表の一員として優勝を経験した。

その後もエンバシーカップなどの大会に参加し、2022年にはワールドカップ東アジア太平洋地区予選にも出場。2023年には杭州アジア大会のクリケット競技に日本代表として参加した。

ただし、2026年の代表活動については、現在の日本クリケット協会の男子代表選手一覧に木村の名前は掲載されていない。

過去の代表経験と現在の代表登録を混同しないことが、木村のキャリアを正しく理解するポイントになる。

【2026年の最新成績】JPL優勝とJCL Div1の181点はどれほどすごいのか

木村昇吾の2026年の活動で特に注目したいのが、国内リーグでの個人成績とチームへの貢献だ。

JPLで東関東サンライズの優勝に貢献

2026年5月に開催されたジャパン・プレミア・リーグXIでは、東関東サンライズが決勝で南関東スーパー・キングズを破り、優勝した。

日本クリケット協会の大会記録によれば、決勝は5月5日に行われ、東関東サンライズが6ウィケット差で勝利。3連覇を達成した。

木村は決勝前日の5月4日、関西チャージャーズ戦で47球から69点を記録し、無失点で試合を終えた。

日本クリケット協会の公式ニュースも、木村の打撃がチームの勝利を支えたことを報じている。

なお、木村本人の公式プロフィールには「西関東サンライズ」と記載されているが、2026年の日本クリケット協会公式大会記録では、優勝したチームは東関東サンライズ、西関東のチームは西関東ハリケーンズと区別されている。大会結果と試合記事に基づけば、木村の優勝への貢献は東関東サンライズの実績として整理するのが適切だ。

JCL Div1で181点not outを記録

もう一つの大きな実績が、JCL Div1での181点だ。

木村の公式プロフィールと2026年8月のOCEANSの記事によれば、木村は1イニングで181点を無失点のまま記録し、歴代2位の成績を残した。

クリケットでは、打者がアウトにならずにイニングを終えることを「not out」と表記する。

181点を記録したという事実は、単に安定して打てるだけでなく、長時間にわたって得点を重ねる能力を示すものだ。

また、OCEANSの記事では、木村が当時JCLで得点ランキング首位を走っていたことも紹介されている。

野球時代は守備や走塁で評価された木村が、クリケットでは打撃面でも大きな数字を残すようになった。この変化は、転向後の技術的な成長を示す要点だ。

【IPL挑戦の最新状況】インドでのプロ契約を阻むビザと制度の壁

木村が目標として掲げてきたのが、インディアン・プレミアリーグ(IPL)でのプレーだ。

IPLはインドを中心に開催される世界的なクリケットのプロリーグであり、トップ選手が高額の報酬を得る舞台として知られる。

木村は転向当初から、このリーグで活躍することを目標にしてきた。

2026年9月からの挑戦計画

木村の公式サイトでは、2026年9月からインドのプロリーグに挑戦する計画が掲げられている。

1シーズンを通じて現地でプレーし、2シーズンを目安に実力を試すという構想だ。

ただし、これは挑戦計画であり、IPLとの正式契約や公式戦出場が成立したことを意味するものではない。

最大の課題はビザと雇用条件

2026年8月15日公開のOCEANSのインタビューでは、木村が直面する現実的な問題が紹介された。

インドで外国人選手が長期間プレーするには、ビザや雇用条件などの制度上のハードルがある。

木村は技術的な問題だけではなく、滞在資格や契約条件が海外での継続的な活動を難しくしていると説明している。

本人は次のように語っている。

「今はビザの問題があって行けていないだけなんです。」

また、現地で2年間、十分な練習と試合経験を積めればプロとして通用する自信があるという趣旨の意欲も示している。

2026年11月5日時点では、IPLとの正式契約や実際の出場を裏付ける発表は確認できない。したがって、現状はIPL挑戦を目標にした活動が続いている段階として捉えるのが妥当だ。

日本での収入と競技環境の問題

2026年7月のQolyのインタビューで、木村は日本でのクリケット選手としての収入について「ゼロですよ」と説明している。

日本にはNPBのような大規模なプロクリケットリーグがなく、選手活動だけで安定した収入を得ることは簡単ではない。

OCEANSの記事でも、スポンサー料を受け取りながら貯金を切り崩して活動している現状が紹介された。

つまり、木村の挑戦には競技力だけでなく、遠征費、生活費、スポンサー獲得、海外での滞在資格といった複数の課題が伴っている。

【プロの結論】木村昇吾の転身が示すセカンドキャリアの可能性

木村昇吾の歩みを評価するうえで、単に「元プロ野球選手がクリケットに転向した」という珍しさだけを見るべきではない。

重要なのは、競技を変えた後も、選手として成長するための環境を自ら探し続けてきた点だ。

1. 野球の実績だけでは新競技で成功できない

プロ野球で15年間プレーした経験は大きな財産だが、クリケットでは新しい技術を習得する必要があった。

実際、野球の打撃フォームが適応の妨げになることもあった。

これは、他競技への転身を考える選手にとって重要な示唆となる。

過去の実績は出発点にはなるが、新しい競技での成果は別の努力によって積み上げる必要がある。

2. 海外挑戦には競技以外の準備も必要

技術を磨けばすぐに海外プロリーグへ進めるわけではない。

木村の事例では、ビザ、雇用条件、現地での練習環境、スポンサーなどが大きな課題になっている。

海外で競技を続けるには、選手としての能力と同じくらい、生活基盤や契約条件を整えることが重要だ。

3. 普及活動も選手としての価値を広げる

木村は競技者として試合に出るだけでなく、クリケットの普及にも取り組んでいる。

本人の公式サイトでは、体験型イベント「CrickeTRY」や「CRICKET BANG」、YouTubeでのルール解説などが紹介されている。

加えて、J SPORTSのカープ関連コラムにも継続して登場しており、2026年8月には母校・尽誠学園高校で臨時コーチを務めたことも紹介された。

野球時代の経験を伝えながら、クリケットという新しい競技の認知度を高める活動にも取り組んでいる。

木村のセカンドキャリアは、競技者と普及活動の両面から成り立っている。

【木村昇吾の現在に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:木村昇吾は2026年現在、何をしている?

A1:現在もクリケット選手として活動している。国内リーグのJCLなどに参加し、2026年はJPLで東関東サンライズの優勝に貢献した。クリケット普及イベントや情報発信にも取り組んでいる。

Q2:木村昇吾はなぜ野球からクリケットに転向した?

A2:2017年の戦力外通告後、合同トライアウトを受けてもNPB球団から獲得オファーがなかったことがきっかけ。コーチではなく、競技者として100%プレーを続けたいという気持ちから転向を決断した。

Q3:木村昇吾はクリケット日本代表だった?

A3:2018年に男子日本代表強化選手団に選出され、2022年にも代表選手団に選ばれた。2023年の杭州アジア大会にも出場している。ただし、2026年の男子代表選手一覧には名前が確認できない。

Q4:木村昇吾の2026年のクリケット成績は?

A4:JPLで東関東サンライズの優勝に貢献し、2026年5月4日の試合では69点not outを記録した。また、JCL Div1では181点not outという歴代2位の記録を残している。

Q5:木村昇吾はIPLでプレーしている?

A5:IPLでのプレーを目標としているが、2026年11月5日時点で正式契約や公式戦出場を確認できる発表はない。ビザや雇用条件などが海外挑戦の課題として報じられている。

Q6:木村昇吾は野球に関する活動も続けている?

A6:続けている。J SPORTSでカープ関連のコラムを執筆し、母校での指導活動にも取り組んでいる。野球の技術や経験を伝えながら、クリケットの普及にも力を入れている。

木村昇吾は、横浜ベイスターズ、広島東洋カープ、埼玉西武ライオンズで15年間プレーした元プロ野球選手だ。

2017年の戦力外通告を経て、2018年からクリケットの世界へ。日本代表として国際大会を経験し、オーストラリアやスリランカで武者修行を重ねてきた。

そして2026年には、JPLで東関東サンライズの優勝に貢献。JCL Div1では181点not outという歴代2位の記録を達成した。

一方、IPLへの挑戦はまだ道半ばだ。ビザや雇用条件といった制度面の問題を乗り越え、実際に海外プロリーグでプレーできるかが今後の大きな焦点となる。

木村のキャリアが示しているのは、プロ野球を離れた後にも、アスリートとして新しい可能性を追い求められるということだ。

46歳になっても競技の第一線を目指す姿は、単なる異色の転身ではない。自分がなりたい選手像を追い続ける、一人のアスリートの挑戦そのものなのである。

参考にした主な情報源

- 木村昇吾公式サイト:プロフィール・2026年の戦績・海外挑戦計画
- 日本クリケット協会:2026年JPL公式大会結果・試合記録・男子代表選手情報
- OCEANS:2026年8月15日公開の本人インタビュー
- Qoly:2026年7月8日公開のクリケットに関するインタビュー
- 日刊スポーツ:プロ野球通算成績・日本代表選出報道
- 週プレNEWS:戦力外通告からクリケット転向に至る経緯
- スポーツコミュニケーションズ:本人の転身理由と海外挑戦の記録
- J SPORTS:野球解説・カープ関連コラム

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トレンドリサーチャー 桐原 星奈
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