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屋良朝幸の現在は?退所理由・THE YARA改名と2026年舞台を徹底解説

小野田 千尋 小野田 千尋 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
目次

2026年現在、屋良朝幸は、アーティスト名「THE YARA」として音楽活動を展開する一方、舞台の総合プロデュース・演出・振付を担うクリエイターとしても存在感を発揮している。2024年1月31日にSMILE-UP.を退所してからは、自主レーベルの設立、アーティスト名の変更、連続デジタルシングルのリリースなど、新しい活動基盤を次々と築いてきた。

とりわけ注目されるのが、2026年10月に東京グローブ座で上演された『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』だ。屋良朝幸が総合プロデュース・演出・振付を担当し、草間リチャード敬太が出演。さらに音楽監督には長年タッグを組んできたm.c.A・Tが参加した。11月5日現在、同公演はすでに終了しており、次の舞台として『Endless SHOCK Memories -CONTINUE-』への出演も予定されている。

- 退所理由: 2024年1月31日、40歳最後の日を節目に新たな挑戦を選択。本人の意思を事務所が尊重した。
- THE YARAへの改名: 2025年にアーティスト名を変更し、3月9日に『Get It On』で新たな音楽活動をスタート。
- 自主レーベル: 2024年7月にSONIDO HUMANAを設立し、音楽制作・発信の独自基盤を構築。
- 2026年の舞台: 『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』で総合プロデュース・演出・振付を担当。
- 今後の出演: 『Endless SHOCK Memories -CONTINUE-』では、2026年12月の北海道・宮城公演などへの出演が発表されている。

【2026年最新】屋良朝幸の現在は?THE YARAとしての音楽活動と舞台での活躍

屋良朝幸

屋良朝幸の現在を理解するうえで重要なのは、活動が単純に俳優から歌手へ移ったわけではないという点だ。

現在は、主に次の3つの領域を横断している。

1. アーティスト「THE YARA」としての音楽活動
2. ダンサー・振付師としてのパフォーマンスと創作
3. 舞台やライブの総合プロデュース・演出

2025年にアーティスト名をTHE YARAへ変更した後も、舞台の公式スタッフクレジットでは「屋良朝幸」の名前が使われている。つまり、THE YARAは別人になったわけでも、芸名を完全に捨てたわけでもなく、音楽活動を中心とした新しいアーティスト名として位置づけられている。

2026年10月『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』

2026年10月28日から30日まで、東京グローブ座で上演されたのが『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』だ。

屋良朝幸は、総合プロデュース・演出・振付を担当。出演者には草間リチャード敬太、TAiSHI、TAIKI、Ryo-ji、SYOUTAらが名を連ねた。

音楽監督はm.c.A・Tが担当している。

この公演の特徴は、従来の舞台やコンサートの形式に収まらない、音楽・ダンス・パフォーマンスを融合させたエンターテインメントであることだ。

東京グローブ座の公演情報では、客席も含めて観客とパフォーマーが一体となる空間づくりが作品の特徴として紹介されている。

屋良が長年育ててきた表現を、次世代のパフォーマーへ受け継ぐという意味でも重要な公演だった。

2026年11月以降の舞台活動にも注目

2026年11月からは、堂本光一が構成・演出・主演を務める『Endless SHOCK Memories -CONTINUE-』が全国公演をスタートする。

屋良は、かつて同シリーズで長年ライバル役を演じた出演者の一人として参加する。

公式発表によると、屋良の出演が予定されている公演は次のとおり。

- 2026年12月11日~13日:札幌文化芸術劇場 hitaru
- 2026年12月18日~20日:仙台銀行ホール イズミティ21
- 2027年1月14日~17日:Niterra日本特殊陶業市民会館 フォレストホール

なお、全国公演のすべてに出演するわけではなく、会場ごとに出演する歴代キャストが異なる。

2026年11月5日時点で、屋良の出演が確認できる今後の舞台として、特に注目したいスケジュールだ。

【退所理由を検証】屋良朝幸が2024年1月にSMILE-UP.を離れた背景

屋良朝幸がSMILE-UP.を退所すると発表したのは、2023年11月9日。

実際の退所日は2024年1月31日だった。

当時、屋良は40歳。翌日の2月1日に41歳の誕生日を迎えるタイミングで、長年所属した事務所から独立する道を選んだ。

退所発表で明かされた理由は「新たなチャレンジ」

SMILE-UP.の公式発表では、屋良本人から2023年春ごろに退所の申し出があったと説明されている。

事務所側は、本人の意向を尊重して送り出すことを決めた。

発表の中心となったのは、40歳最後の日という節目に、新たな挑戦を始めたいという本人の希望だった。

したがって、公式に確認できる退所の理由は、本人の意思による新しい活動への挑戦である。

本人が語った独立後の目標

2024年5月、スポニチの単独インタビューで屋良は独立後の活動について語っている。

そこで掲げた目標は、音楽とダンスに特化し、アーティストとしての軸をつくることだった。

本人は次のように話している。

まずは自分が何者かという軸をつくっていきたい。

加えて、これまでの活動を整理し、音楽とダンスを中心に表現を深めていく考えを明かした。

この発言は、退所後の活動を考えるうえで重要な手がかりになる。

単に所属先を変えるのではなく、自分が何を表現するアーティストなのかを明確にしようとしていたからだ。

SMILE-UP.の問題が退所の直接原因だったのか

退所が発表された2023年は、旧ジャニーズ事務所をめぐる性加害問題と組織再編が進んでいた時期でもある。

そのため、退所のタイミングと事務所の状況を結びつける見方も生まれやすかった。

しかし、SMILE-UP.の公式発表では、屋良本人から新しい挑戦を希望する申し出があったことが説明されている。

また、2024年の本人インタビューでも、音楽とダンスを軸にしたアーティスト活動への意欲が語られた。

退所を事務所とのトラブルや特定の問題への抗議と断定する根拠はない。

重要なのは、本人が以前から将来の活動について考え、自分の表現をより自由に広げる方向へ進んだという経緯だ。

【THE YARAへの改名理由】Get It OnとSONIDO HUMANAで始まった新しい音楽活動

2025年、屋良朝幸はアーティストネームを「THE YARA」に変更した。

この変更は、退所後の活動のなかでも大きな転換点となった。

公式ファンクラブのプロフィールでは、さらなる進化を目指してアーティストTHE YARAとして次のステージへ進むことが紹介されている。

なぜ「THE YARA」に改名したのか

改名について、公式プロフィールが示しているのは、アーティストとしてさらなる進化を目指すという方向性だ。

2024年のインタビューでは、音楽とダンスを中心に自分のアーティストとしての軸をつくりたいという考えを示していた。

この流れを踏まえると、THE YARAへの変更は、従来の俳優・舞台出演者としての活動と、音楽を中心とするアーティスト活動をより明確に打ち出すための転換と捉えられる。

ただし、名前の文字や表記に込められた個別の意味について、公式に詳細な説明が示されているわけではない。

2025年3月9日『Get It On』でデビュー

THE YARA名義でのデビュー曲は、2025年3月9日に配信された『Get It On』。

この楽曲を皮切りに、2025年12月まで10か月連続のデジタルシングルリリースを実施した。

主なリリースの流れは以下のとおり。

- 2025年3月:Get It On
- 2025年4月:Intuition
- 2025年5月:migratory
- 2025年6月:Who? THE YARA
- 2025年7月:Surf’s Up〜goodなsummertime〜
- 2025年8月:ONE
- 2025年9月:Face the Fires
- 2025年10月:Spella Bada Boom
- 2025年11月:Not for me It’s not me
- 2025年12月:We Can Choose

短期間にまとまった数の作品を発表することで、アーティストとしての方向性や音楽的な幅を示してきた。

自主レーベルSONIDO HUMANAを設立

THE YARAとしての音楽活動を支えるもう一つの重要な要素が、自主レーベル「SONIDO HUMANA」だ。

屋良は2024年7月に同レーベルを立ち上げ、最初のデジタルシングル『TOP OF THE MORNING』を発表した。

この動きは、独立後の活動を考えるうえで見逃せない。

従来の舞台出演や振付の仕事だけでなく、自分自身の音楽作品を継続的に世に送り出すための基盤を整えたからだ。

また、2024年12月には、m.c.A・Tのデビュー30周年記念シングル『ごきげんだぜっ!』にISSA(DA PUMP)とともに参加している。

2026年4月には2ndミニアルバムを発売

2026年4月23日には、2ndミニアルバム『THE YARA Echoes S1de : B』を発売した。

本作はGlow typeとRoots typeの2種類があり、それぞれ7曲を収録。

2025年8月から12月までのデジタルシングルを中心に構成されている。

加えて、Glow typeには「Keep It Flowing(Project Feel Free)」、Roots typeには「カミアシビ(屋良チルドレン)」が限定収録された。

2025年の10か月連続配信を一つの区切りとし、2026年にはアルバムという形で作品群をまとめたことになる。

【経歴・関係者一覧】屋良朝幸の芸能活動と重要な転換点

屋良朝幸は1983年2月1日生まれ、千葉県出身。

1995年、12歳で旧ジャニーズ事務所に入所した。

アイドルとしての活動を続ける一方、ダンスと舞台を中心にキャリアを形成。俳優、ダンサー、振付師、演出家へと活動の幅を広げていった。

以下に、主な経歴と関係する人物・作品を整理する。

時期・人物・作品 屋良朝幸との関係 主な実績・意味
1995年 芸能活動を開始 12歳で旧ジャニーズ事務所に入所
2008~2017年 『Endless SHOCK』 ライバル役として出演
堂本光一 舞台での共演・関係 『Endless SHOCK』を通じて長年共演
2018年 『THE YOUNG LOVE DISCOTHEQUE』 自身が総合プロデュースする企画を始動
m.c.A・T 音楽プロデューサー・音楽監督 音楽面で継続的にタッグを組む
2024年1月31日 SMILE-UP.退所 新たな挑戦を目的に独立
2024年7月 SONIDO HUMANA 自主レーベルを設立
2025年3月9日 THE YARA 『Get It On』で新名義デビュー
2026年10月 『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』 総合プロデュース・演出・振付を担当
2026年12月以降 『Endless SHOCK Memories -CONTINUE-』 歴代ライバル役の一人として出演予定
草間リチャード敬太との関係

2026年の『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』で注目されたのが、草間リチャード敬太との関係だ。

草間は2018年、2019年の『THE YOUNG LOVE DISCOTHEQUE』にも出演していた。

つまり、今回初めて屋良と仕事をする人物ではない。

長年の共演経験があり、屋良が作り上げてきたDISCOTHEQUEの世界観を理解するパフォーマーの一人だ。

東京グローブ座の公演紹介では、屋良がその世界観を託す存在として草間を選んだことが説明されている。

これは単なる出演者の交代というより、作品の精神や表現方法を次の世代に引き継ぐ試みとして注目できる。

m.c.A・Tとの長年のパートナーシップ

もう一人の重要人物がm.c.A・Tだ。

2018年の『THE YOUNG LOVE DISCOTHEQUE』始動時から音楽プロデューサーとして参加し、2026年の『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』では音楽監督を担当した。

屋良の身体表現と、m.c.A・Tの音楽的なアプローチが組み合わさることで、単なるダンス公演とは異なるステージが成立している。

両者の関係は、一度きりの楽曲提供ではなく、長年にわたる作品づくりのパートナーシップといえる。

【THE YOUNG LOVE DISCOTHEQUE】屋良朝幸が生み出した舞台の魅力

屋良朝幸の創作者としての代表的な仕事が、2018年に始動した『THE YOUNG LOVE DISCOTHEQUE』だ。

この企画は、音楽、ダンス、パフォーマンスを一体化させたダンス&ライブエンターテインメントである。

従来のコンサートでは、観客は基本的に客席からステージを鑑賞する。しかし、この企画では客席も含めて自由な空間として扱い、観客と出演者が一緒に盛り上がることを目指している。

屋良が長年培ってきたストリートダンスへの理解と、ミュージカルや舞台で得た経験が融合した企画だ。

2018年から2026年までの進化

『THE YOUNG LOVE DISCOTHEQUE』は、2018年にスタートした。

その後、2019年にも公演を展開し、2023年には同名アルバムをデジタルリリース。2024年1月にはCDとしても発売された。

そして2026年、作品の世界観を引き継ぐ新たな公演として『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』が実現した。

ここで重要なのは、屋良自身が舞台の中心で踊るだけでなく、作品の総合プロデュースや演出、振付を担っていることだ。

出演者の選定、音楽との融合、振付、ステージ全体の構成まで、作品づくりの広い範囲に関わっている。

「RE:BORN」が示す世代交代

今回の公演タイトルにあるRE:BORNは、再構築や新たな誕生を意味する言葉だ。

草間リチャード敬太が新しい表現者として参加し、屋良が作り上げてきたDISCOTHEQUEの精神を引き継ぐ。

ここには、単純に過去の作品を再演するのではなく、出演者や音楽を変えながら、新しいエンターテインメントへ発展させる意図がある。

屋良がこれまで後輩たちの振付や指導にも携わってきたことを考えると、2026年の公演は、その経験が作品の継承という形で表れた事例といえる。

【ダンス・振付師としての評判】屋良朝幸が創り手として評価される理由

屋良朝幸のキャリアを語るとき、俳優としての舞台出演だけに注目するのは十分ではない。

むしろ、ダンスと振付を軸に活動の領域を広げてきた点に、ほかの舞台俳優とは異なる特徴がある。

若い頃から評価されてきたダンスの実力

1995年に事務所へ入所した屋良は、ジャニーズJr.として活動していた時代からダンスに定評があった。

2016年の女性自身の報道では、滝沢秀明が屋良のダンスのクオリティーや振付力を評価し、今井翼も仕事に対する真摯な姿勢に言及していた。

当時から、単に踊れる出演者ではなく、振付や表現を作り上げる能力を持つ人物として認識されていたことがうかがえる。

堂本光一の舞台で磨かれた表現力

屋良の代表的な舞台経験の一つが『Endless SHOCK』だ。

2008年から2017年までライバル役を務め、作品の重要な出演者として参加してきた。

また、23歳のときには堂本光一本人の依頼でソロ曲『SNAKE』の振付を担当したことも、スポニチのプロフィール記事で紹介されている。

加えて、Travis Japanの初主演舞台『虎者-NINJAPAN-』でも振付を担当した。

これらの実績から、屋良が舞台の演者としてだけでなく、他者のパフォーマンスを設計する側でも活動してきたことが分かる。

評価すべきなのは振付の技術だけではない

屋良の振付師としての特徴は、ダンスの難易度だけを追求するのではなく、音楽や出演者の個性、舞台全体の流れを組み合わせるところにある。

2026年のDISCOTHEQUE公演でも、総合プロデュース・演出・振付を一体的に担った。

これは、振付を単独の作業として切り離すのではなく、作品全体の完成度を高めるための要素として扱っていることを示す。

ダンスの技術を持つ人材は多い。しかし、その技術を舞台作品として成立させ、出演者の魅力を引き出し、観客が楽しめる空間にまで仕上げられる人材は限られる。

屋良のキャリアは、パフォーマーとしての経験が創作能力につながってきた過程として見ることができる。

【プロの結論】屋良朝幸の独立は「表現者から創り手への進化」だった

屋良朝幸の2024年以降の活動を振り返ると、退所、レーベル設立、改名、連続リリース、舞台プロデュースという動きが一本の線でつながっている。

その中心にあるのは、自分自身の表現を自分の判断で形にしていくという姿勢だ。

特に注目したいのは、次の3つの変化である。

第一に、活動基盤の変化。

SONIDO HUMANAを立ち上げ、THE YARAとして楽曲を発表することで、音楽活動の独自性を高めた。

第二に、表現領域の拡大。

ダンスや演技だけでなく、楽曲制作への参加、演出、振付、ライブの総合プロデュースなど、作品を作る側の役割を広げている。

第三に、次世代への継承。

草間リチャード敬太を迎えた2026年のDISCOTHEQUE公演は、自身が築いた表現を次の世代に引き継ぐ取り組みとして象徴的だった。

この3点を踏まえると、屋良朝幸を理解する際には、単に「退所した元所属タレント」「THE YARAという新しい歌手」という一面的な見方では足りない。

現在の屋良は、パフォーマーとしての経験を土台に、音楽と舞台を横断するクリエイターとして活動している。

【屋良朝幸の現在・経歴】よくある質問(FAQ)

Q1:屋良朝幸は現在何をしている?

A1:2026年現在、THE YARA名義で音楽活動を行いながら、俳優、ダンサー、振付師、舞台演出家としても活動している。2026年10月には『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』の総合プロデュース・演出・振付を担当した。

Q2:屋良朝幸がSMILE-UP.を退所した理由は?

A2:2024年1月31日を節目に、新しい挑戦をするため。2023年11月の公式発表では、本人から新たなチャレンジを希望する申し出があり、事務所がその意思を尊重したと説明されている。

Q3:THE YARAは屋良朝幸とは別人?

A3:別人ではない。THE YARAは屋良朝幸が2025年に使用を始めたアーティストネーム。2025年3月9日の『Get It On』で新名義の音楽活動をスタートした。

Q4:SONIDO HUMANAとは何?

A4:2024年7月に屋良朝幸が立ち上げた自主レーベル。最初のデジタルシングル『TOP OF THE MORNING』をリリースし、その後のTHE YARAとしての音楽活動にもつながっている。

Q5:屋良朝幸と草間リチャード敬太はどのような関係?

A5:草間は2018年、2019年の『THE YOUNG LOVE DISCOTHEQUE』に出演していた。2026年の『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』では出演者として再び参加し、屋良が作り上げた作品の世界観を引き継ぐ役割を担った。

Q6:屋良朝幸の2026年の舞台出演予定は?

A6:2026年11月5日時点では、『Endless SHOCK Memories -CONTINUE-』への出演が発表されている。屋良は2026年12月の北海道・宮城公演、2027年1月の愛知公演などに参加する予定だ。会場ごとに出演者が異なるため、最新の公式日程を確認したい。

屋良朝幸は、2024年1月のSMILE-UP.退所を経て、自分自身の表現をより深く追求する道を歩んできた。

2024年には自主レーベルSONIDO HUMANAを設立。2025年にはTHE YARAへとアーティスト名を変更し、『Get It On』から10か月連続で楽曲を発表した。2026年4月には2ndミニアルバム『THE YARA Echoes S1de : B』も発売している。

加えて、2026年10月の『THE RE:BORN CHASING DISCOTHEQUE LIVE』では、総合プロデュース・演出・振付を担当。草間リチャード敬太やm.c.A・Tとともに、自身が築いてきたエンターテインメントを新しい形へ発展させた。

そして、今後は『Endless SHOCK Memories -CONTINUE-』への出演も控えている。

長年舞台で培ってきた経験を生かしながら、音楽活動、振付、演出、プロデュースへと活動を広げる屋良朝幸。

2026年現在の姿を一言で表すなら、自らステージに立つ表現者でありながら、ステージそのものを創り、次の世代へつなぐクリエイターだ。

今後の活動を追う際は、THE YARA名義の音楽リリースだけでなく、屋良朝幸名義で発表される舞台の出演・演出・振付情報にも注目したい。

主な情報確認先: SMILE-UP.公式発表、屋良朝幸公式ファンクラブ、東京グローブ座公演情報、東宝『Endless SHOCK Memories -CONTINUE-』公式サイト、スポーツニッポン、エイベックス、タワーレコード、BIG UP!インタビュー。

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小野田 千尋

スポーツと舞台・イベントの話題を担当。主催者・連盟の公式発表とチケット公式ページを確認し、日時と会場は発表元の表記をそのまま使います。

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