2026年11月現在、女子プロレスラーとしてスターダムのリングで活躍した安川惡斗(やすかわ・あくと)は、新たなステージに進んでいる。2013年のワンダー・オブ・スターダム王座獲得、大江戸隊の初代リーダーとしての活躍、2015年の世IV虎戦による顔面の重傷と引退。その後は女優活動とアクトレスガールズでの活動を続け、2026年には自身が代表を務める新団体「ACTRIUM(アクトリウム)」を旗揚げした。
加えて、2025年10月からの負傷欠場を経て、2026年8月14日にはアクトレスガールズの後楽園ホール大会でリング復帰を果たしている。道場開設や東京ゲームショウへの参加など、活動の幅も広がった。かつてのリングネームと女優名の関係、引退の本当の理由、世志琥(旧・世IV虎)との現在の関係まで、これまでの歩みと最新動向を時系列で整理する。
【人物プロフィール】安川惡斗と安川結花は同一人物?本名や女優としての経歴

安川惡斗を調べると、「安川結花」という名前も登場する。別人なのか、芸名なのか、プロレスラーになる前から活動していた人物なのか、疑問に感じる人も多い。
実際には、すべて同一人物を指している。
安川惡斗の基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リングネーム | 安川惡斗 |
| 女優名 | 安川結花 |
| 本名 | 安川祐香 |
| 生年月日 | 1986年11月13日 |
| 出身地 | 青森県三沢市 |
| 主な活動 | 女優・プロレスラー・団体代表 |
| プロレスデビュー | 2012年2月5日 |
| 主な所属・活動先 | スターダム、アクトレスガールズ、ACTRIUM |
2026年11月4日時点で39歳。11月13日に40歳を迎える。
この人物情報は、映画『がむしゃら』の公式紹介や映画情報データベースにも掲載されている。
女優から女子プロレスの世界へ安川はもともと女優として活動していた。
日本映画学校(現在の日本映画大学)で映像や演技に関わる経験を積み、舞台などに出演。女優名の安川結花としてキャリアを築いていた。
プロレスとの接点になったのが、2011年1月に出演した舞台「レスラーガールズ」だった。
この舞台で共演した愛川ゆず季の影響を受け、女子プロレスへの関心を深めていく。
2011年8月にスターダムへ入団し、同年11月にプロテストに合格。翌2012年2月5日、安川惡斗のリングネームでプロレスデビューを果たした。
女優として培った表現力を生かし、リングでは「悪の女優魂」をキャッチフレーズにヒールレスラーとして活動する。
単に強さを競うだけでなく、表情、立ち居振る舞い、キャラクター性まで含めて観客に印象を残すスタイルだった。
この女優とレスラーの二面性は、その後のACTRIUMの構想にもつながっていく。
【スターダム時代の経歴】白いベルト獲得と大江戸隊初代リーダーへの道
安川惡斗のプロレス人生を語るうえで欠かせないのが、スターダム時代の実績だ。
デビューから比較的短い期間でタイトルを獲得し、団体のヒール勢力を代表する存在へと成長した。
2013年、初代アーティスト王者に2013年1月14日、安川は夏樹たいよう、鹿島沙希とのトリオで初代アーティスト・オブ・スターダム王座を獲得した。
これはスターダムのユニット対抗戦を盛り上げるために設けられた3人タッグのタイトルである。
個人のシングル戦だけでなく、チームとしての存在感を示した実績だった。
ワンダー・オブ・スターダム王座を2度獲得安川の代表的な実績が、白いベルトと呼ばれるワンダー・オブ・スターダム王座だ。
2013年11月4日、後楽園ホールでダーク・エンジェルを破り、第3代王者となった。
その後、2014年には体調面の問題による長期欠場を経て王座を返上することになる。
しかし、復帰後も挑戦を続け、2015年1月18日には後楽園ホールで岩谷麻優を破り、第5代王者に返り咲いた。
この戴冠は、引退につながる大きな負傷をする約1か月前の出来事だった。
スターダムの公式タイトル履歴にも、安川の第3代・第5代という2度の戴冠が記録されている。
大江戸隊の初代リーダーとしての存在感2015年1月には、木村響子らとともにヒールユニット「大江戸隊」を結成した。
安川はその初代リーダーとして、ユニットの立ち上げに関わった。
大江戸隊は、個性の強いヒール選手たちが集まり、スターダムの勢力争いを盛り上げる存在となっていく。
安川にとって大江戸隊は、単なる所属グループではなかった。自身が目指していた悪役レスラーとしての個性を、団体内で形にした重要な居場所だった。
安川惡斗の主要キャリア年表| 年月 | 出来事 | 関係人物・意味 |
|---|---|---|
| 2011年8月 | スターダム入団 | 女優活動からプロレスへ |
| 2012年2月5日 | プロレスデビュー | 安川惡斗として初陣 |
| 2013年1月14日 | 初代アーティスト王者 | 夏樹たいよう、鹿島沙希とのトリオ |
| 2013年11月4日 | 第3代ワンダー王者 | ダーク・エンジェルを撃破 |
| 2015年1月18日 | 第5代ワンダー王者 | 岩谷麻優を破り再戴冠 |
| 2015年1月 | 大江戸隊結成 | 木村響子らとヒールユニットを形成 |
| 2015年2月22日 | 世IV虎戦で重傷 | 顔面骨折などを負う |
| 2015年9月23日 | リング復帰 | 約7か月ぶりの復帰戦 |
| 2015年12月23日 | プロレス引退 | 視力低下によるドクターストップ |
| 2021年 | アクトレスガールズで活動 | 舞台とプロレスの融合へ |
| 2024年 | AWGシングル王座獲得 | 再起後の大きな実績 |
| 2025年8月 | アマテラスでタッグ王者 | 茉莉とのユニットで活躍 |
| 2026年2月28日 | ACTRIUM旗揚げ | 新たな団体の代表に |
| 2026年7月19日 | ACTRIUMスタジオ開設 | 自前の道場・リングを確保 |
| 2026年8月14日 | アクトレスリング復帰戦 | 長期欠場からリングへ復帰 |
スターダム公式のタイトル履歴、日刊スポーツ、プロレス専門メディアの試合報道などを照合すると、安川のキャリアには王座獲得と負傷による転換点が交互に訪れていたことが分かる。
【世IV虎戦の真相】顔面骨折から引退に至った経緯と怪我の詳細
安川惡斗の名前が現在も検索され続ける大きな理由が、2015年2月22日に起きた世IV虎との試合だ。
女子プロレス界に大きな波紋を広げたこの試合は、一般に「凄惨マッチ」と呼ばれることがある。
2015年2月22日、後楽園ホールで何が起きたのか当日はスターダムの後楽園ホール大会。
安川惡斗はワンダー・オブ・スターダム王者として白いベルトを保持していた。一方、世IV虎はワールド・オブ・スターダム王者だった。
両者の間には、以前から人間関係の悪化があった。
背景には、安川がかつて世IV虎や夏樹たいようと同じユニットで活動し、その後離れた経緯などがあったと週刊プロレス編集部の振り返り記事は伝えている。
試合では世IV虎による顔面へのパンチや掌底などの攻撃が続き、通常のプロレスの試合として受け止めることが難しい状況になった。
安川は顔面を大きく腫らし、試合後に病院へ搬送された。
診断された怪我は何だったのか2015年2月25日のスターダムの記者会見で公表された診断は、次のとおりだった。
- 頬骨骨折
- 鼻骨骨折
- 左眼窩底骨折
- 両目の網膜振盪症
顔面の複数箇所に骨折を負い、目にも深刻な影響が出ていた。
この会見で団体側は、世IV虎に対してワールド・オブ・スターダム王座の剥奪と無期限出場停止を発表した。
また、試合結果についても世IV虎のTKO勝利を取り消し、ノーコンテストに変更した。
当時の報道では、世IV虎が安川の入院先を訪れ、直接謝罪したことも伝えられている。両者は握手を交わし、涙を見せたという。
この出来事は、選手個人の問題だけではなく、団体の試合管理や選手間の関係調整、安全管理のあり方にも大きな課題を突きつけた。
引退理由は顔の怪我だけではなく視力の問題ここで押さえておきたいのが、安川は2015年2月の負傷直後に即引退したわけではないという点だ。
2015年7月28日、安川は9月23日の後楽園ホール大会で復帰すると発表した。
実際に9月23日にはリングへ戻り、約7か月ぶりの復帰戦を行っている。
しかし、負傷した左眼窩底の骨折による視力低下は回復しなかった。
2015年12月1日の引退発表で、安川は左眼窩底骨折による視力低下が戻らず、ドクターストップがかかったことを理由として説明した。
そして12月23日、後楽園ホール大会を最後にプロレスラーとしての現役生活に別れを告げた。
最後の試合では、同期の選手たちや自身を支えた大江戸隊の仲間たちと対戦。試合後には感謝を伝え、リングに別れを告げている。
つまり、引退の直接的な理由は、世IV虎戦で負った負傷による視力の問題と医師の判断だった。
「顔面を骨折したからすぐ引退した」「試合後に一度もリングへ戻らなかった」という理解は正確ではない。
負傷から復帰を試みたものの、視力の回復が十分ではなく、最終的に引退を選択したのである。
この経緯はデイリースポーツの2015年7月28日、12月1日、12月24日の報道、およびベースボール・マガジン社の検証記事で確認できる。
【引退後の活動】映画『がむしゃら』からアクトレスガールズでの再起へ
引退によって安川の表現者としての人生が終わったわけではない。
むしろ、ここから女優としての活動や、プロレスと演劇を組み合わせた新たな挑戦が始まっていく。
ドキュメンタリー映画『がむしゃら』が描いた半生映画『がむしゃら』は、安川惡斗の半生を追ったドキュメンタリー作品だ。
- 作品名:がむしゃら
- 製作年:2014年
- 劇場公開日:2015年3月28日
- 上映時間:102分
- 監督:高原秀和
- 配給:マクザム
- 主な出演:安川惡斗
作品では、安川が経験してきた人生の困難、演劇との出会い、女子プロレスへの挑戦、ヒールレスラーとして居場所を見つけるまでの歩みが描かれている。
単なる女子プロレスの試合記録ではなく、一人の女性が表現活動を通じて自分の生き方を見つけていく人物ドキュメンタリーである。
世IV虎戦以前から安川がどのような人生を歩み、なぜプロレスに強い思いを持っていたのかを知る手がかりになる作品だ。
2021年、アクトレスガールズで新しい活動を開始その後も女優としての活動を続けていた安川は、2021年からアクトレスガールズで本格的に活動するようになる。
アクトレスガールズは、女優やアクションパフォーマーが身体表現を通じて作品を作り上げるエンターテインメント団体だ。
ここでは、一般的な女子プロレス団体とは異なる形で、演劇とプロレス的な身体表現を組み合わせている。
安川はアクション舞台の「アクトリング」に参加する一方、「アクトレスリング」にも取り組んだ。
2023年には海外でプロレスラーとして復帰。2024年にはAWGシングル王座を獲得し、競技者としても実績を残した。
さらに2025年5月には、約9年半ぶりにスターダムのリングへ凱旋した。
同年8月には茉莉とのタッグユニット「アマテラス」で初代タッグ王者にも輝いている。
2025年10月から再び負傷欠場再起を果たした安川だったが、2025年には新たな身体的問題に直面する。
股関節と首の怪我が悪化し、同年10月から治療と回復に専念するため長期欠場に入った。
2025年12月の新団体発表時にも、安川はプレーヤーとして欠場中であることが報じられている。
この時期に進めていたのが、後述する株式会社惡ACTの設立とACTRIUMの立ち上げだった。
リングに立てない期間を、団体の運営や新しい表現空間の構築に充てたことは、その後の活動を考えるうえで重要な転換点となった。
【2026年最新】ACTRIUM旗揚げ・道場開設で安川惡斗が新たな挑戦
2026年の安川惡斗を語るうえで、最も重要なキーワードが「ACTRIUM(アクトリウム)」だ。
自身が代表となって立ち上げた新団体であり、これまで経験してきた女優活動とプロレスを融合させたプロジェクトである。
2025年8月8日、株式会社惡ACTを設立安川は2025年8月8日、イベント会社「株式会社惡ACT」を設立した。
そして同年12月19日、都内で記者会見を開催し、新団体ACTRIUMの旗揚げを発表。
2026年2月28日、東京・新木場1stRINGで旗揚げ公演を開催した。
ACTRIUMという名称は、「ACT=演じる」と「RIUM=空間」を組み合わせた造語だ。
コンセプトは「戦乙女×アクション×ドラマ」。
具体的には次の要素を組み合わせている。
- アクション
- 殺陣
- 歌
- ダンス
- プロレスの肉体表現
- 演劇的なストーリー
- キャラクターを中心とした世界観
一般的な女子プロレスの興行とは異なり、登場人物のキャラクターや物語そのものを楽しめる舞台型のエンターテインメントを目指している。
旗揚げ公演『VALKYRIE ACTRIUM』とは?最初のシリーズとなったのが「VALKYRIE ACTRIUM-立花の章-」だ。
北欧神話をベースにしたVRMMORPGの世界を舞台に、ゲームの中へ入り込んだ人物たちが物語を展開する。
旗揚げ公演は2月28日に新木場1stRINGで昼夜2公演を開催。
その後、3月14日に大阪・176BOX、3月15日に新木場で公演を行い、5月4日には新宿FACEで第2章がスタートした。
9月6日には新木場1stRINGで第1章3部作の完結となる「VALKYRIE ACTRIUM season3-未来の章-」を開催した。
安川自身も出演者として参加し、作品内ではオーディーン役を担っている。
7月19日、ACTRIUM専用道場が開設ACTRIUMの活動をさらに具体化させたのが、専用道場「ACTRIUMスタジオ」の開設だ。
2026年7月19日、都内の倉庫を改装したスタジオで道場開きが行われた。
特徴的なのは、スタジオに設置されたリングである。
安川は、浅草花やしきで使用されていたリングを購入し、自団体の活動拠点に設置した。
開設時の報道によると、演出家の秤谷建一郎からリング売却の話を聞き、購入を決めたという。
加えて、リングの保管場所や倉庫の確保、スタジオの整備には多くの関係者が協力した。
この道場は単に試合を行う場所ではない。
アクション練習、殺陣、身体表現、舞台制作などを一体的に進められる拠点として、ACTRIUMの活動を支える役割を持つ。
東京ゲームショウ2026にも参加9月18日には、安川率いるACTRIUMのメンバーが東京ゲームショウ2026に参加した。
これは同団体が掲げる世界観を、プロレスや演劇の枠を超えて広げようとする動きだ。
安川は将来的に「VALKYRIE ACTRIUM」をアプリのカードゲームにしたいという構想も示している。
ゲームやキャラクターコンテンツとの連携は、ACTRIUMの今後の展開を考えるうえで注目したい部分だ。
また、10月3日には新木場1stRINGで「VALKYRIE ACTRIUM COLOSSEUM-ロキゲーム-」が開催された。
11月4日現在、11月28日と12月20日にも同シリーズの公演が予定されている。
プロレスを中心にした闘いの表現を、ACTRIUM独自のストーリーと組み合わせていく方向性が見えてきた。
【2026年8月の復帰戦】安川惡斗は再びリングへ!世志琥との現在の関係も検証
ACTRIUMの代表として新しい活動を進める一方、安川は2026年8月、アクトレスガールズのリングにも戻ってきた。
8月14日、後楽園ホールで復帰戦を実施2026年8月14日、後楽園ホールで開催されたアクトレスガールズの「ACTwrestling後楽園ホール公演」で、安川惡斗が復帰戦を行った。
2025年10月からの長期欠場を経て、約10か月ぶりにリングへ戻ったことになる。
復帰戦では、安川がヒールユニット「BE∀STZ REBELLION(ビースツリベリオン)」を再始動。
荒幡寧々とタッグを組み、永井絵梨沙とアンリによるタッグチーム「Polaris」と対戦した。
この試合は、Polarisの発展的な解散に際して、結成のきっかけとなった安川が最後の対戦相手に指名されたことで実現したものだった。
試合では安川らがラフファイトで相手を追い込む場面も見られたが、最終的にはPolarisが合体技で勝利。
安川は敗戦を気にする様子を見せず、ヒールユニットの再始動と今後の活動への意欲を示した。
重要なのは、この復帰戦がACTRIUMの舞台公演ではなく、アクトレスガールズのプロレス興行で行われたことだ。
安川は新団体の代表でありながら、選手としての活動も再開したのである。
世IV虎は現在「世志琥」として活動もう一つ、現在も検索される疑問が、世IV虎との関係だ。
2015年の試合後、世IV虎はスターダムから引退を表明した。
しかし、プロレスから完全に離れたわけではなかった。
2016年2月、リングネームを「世志琥」に変更し、女子プロレス団体SEAdLINNNGへの所属と現役復帰を発表。
同年3月7日には後楽園ホールで高橋奈七永との復帰戦を行った。
その後も女子プロレスラーとしてキャリアを重ね、現在も世志琥の名前で活動している。
SEAdLINNNGの公式プロフィールにも、選手としての経歴が掲載されている。
安川惡斗と世志琥は和解しているのか?2015年2月の事件直後には、世IV虎が入院中の安川を訪問し、謝罪したことが報道されている。
一方、安川は負傷後も世IV虎との再戦を望んでいた時期があり、世IV虎の引退発表については驚きを示していた。
その後、世IV虎は世志琥として復帰し、安川も女優活動やアクトレスガールズでの活動へ進んだ。
ただし、2026年11月現在、両者が公の場で継続的に交流していることや、改めてリング上で対戦・共演したことを裏付ける発表は確認できない。
そのため、現在の関係を「完全に和解した」「今も対立している」と断定することはできない。
確認できるのは、2015年の謝罪と、その後それぞれが異なる道で活動を続けてきたという事実である。
【プロの結論】安川惡斗の現在を理解する3つの重要な視点
安川惡斗のキャリアは、単純なプロレスラーの復帰物語ではない。
2026年の活動を理解するには、次の3つの視点が重要になる。
1. 選手から団体を作る側へと役割が変化したスターダム時代の安川は、ヒールレスラーとして自分自身の存在感を確立することに力を注いでいた。
アクトレスガールズでは、選手として活動するだけでなく、プレイングマネージャーとして後輩の成長にも関わるようになった。
さらにACTRIUMでは、自分が代表として団体を運営する立場になった。
この変化は、単なる所属団体の変更ではない。
自身が経験したプロレス、演劇、アクションの世界を、次の世代が活躍できる場所として形にしようとする挑戦だ。
2. プロレスと演劇の境界を広げている安川のキャリアには、女優からプロレスラーへ、そしてプロレスラーから舞台の企画・運営へという流れがある。
ACTRIUMのコンセプトは、まさにその経験を組み合わせたものだ。
プロレスの肉体表現に、殺陣、ダンス、演劇、ゲーム的な世界観を加えることで、従来のプロレスファンだけでなく演劇やゲームを好む層にも接点を広げようとしている。
この事業がどこまで発展するかは今後の公演や観客の反応によるが、安川自身の経歴と企画の方向性には一貫性がある。
3. 2026年の復帰は身体と向き合いながらの再挑戦安川は2015年の顔面負傷による視力低下を理由に、一度プロレスラーを引退している。
その後も2025年には股関節と首の負傷による欠場を経験した。
2026年8月にはリングに戻ったものの、復帰戦で勝利したわけではない。
ここで評価すべきなのは、単純な勝敗だけではない。
- 選手として継続的に試合へ出られるのか
- 身体の回復とコンディション管理を両立できるのか
- ACTRIUMの運営と自身の選手活動をどう分担するのか
- 後輩や所属キャストの成長をどのように支えるのか
こうした点が、今後の安川の活動を判断する基準になる。
特に、2015年の負傷と2025年の股関節・首の負傷は別の問題であり、同じ怪我が再発したかのように扱うべきではない。
現在の安川は、リングに立つ選手であると同時に、団体を作り、作品を生み出す表現者でもある。
この二つの役割をどう両立させるかが、2026年以降の最大の見どころだ。
【安川惡斗に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:安川惡斗と安川結花は同一人物ですか?
A1:同一人物です。安川惡斗はプロレスラーとしてのリングネーム、安川結花は女優としての芸名です。本名は安川祐香と紹介されています。
Q2:安川惡斗が引退した理由は何ですか?
A2:2015年2月22日の世IV虎戦で顔面に重傷を負い、左眼窩底骨折による視力低下が回復しなかったためです。2015年9月には一度復帰しましたが、医師の判断で同年12月23日に引退しました。
Q3:安川惡斗は2026年現在もプロレスをしていますか?
A3:はい。2025年10月から負傷欠場していましたが、2026年8月14日にアクトレスガールズの後楽園ホール大会で復帰戦を行いました。ACTRIUMの代表としての活動も並行しています。
Q4:ACTRIUMとは何ですか?
A4:安川惡斗が代表を務める新しいエンターテインメント団体です。2026年2月28日に旗揚げし、アクション、殺陣、ダンス、プロレス、演劇を融合させた作品を展開しています。
Q5:安川惡斗は世IV虎と現在も交流していますか?
A5:2015年の負傷後、世IV虎が入院中の安川を訪問して謝罪したことは報道されています。その後、世IV虎は世志琥に改名して復帰しました。2026年現在の両者の私的な交流や関係性については、具体的な公表情報は確認できません。
Q6:安川惡斗のドキュメンタリー映画は何ですか?
A6:2015年3月28日に劇場公開された『がむしゃら』です。高原秀和監督による102分のドキュメンタリーで、安川の半生や女優・プロレスラーとしての活動を描いています。
安川惡斗は、スターダム時代に2度のワンダー・オブ・スターダム王座獲得を果たし、大江戸隊の初代リーダーとして活躍した女子プロレスラーだ。
2015年の世IV虎戦で負った顔面の重傷と視力低下によって、同年12月に一度は引退。しかし、その後も女優活動を続け、2021年からアクトレスガールズで新たなキャリアを築いてきた。
2024年のAWGシングル王座獲得、2025年のスターダム凱旋とタッグ王座獲得を経て、2026年にはACTRIUMを旗揚げ。7月には専用スタジオを開設し、8月にはプロレスのリングにも復帰した。
2026年11月現在の安川を象徴するのは、選手としてリングに立つことだけではない。女優としての表現力、プロレスラーとしての経験、団体を運営する立場を組み合わせ、新しいエンターテインメントを作り出そうとしていることだ。
今後はACTRIUMの公演展開、11月28日・12月20日に予定されるCOLOSSEUMシリーズ、そしてアクトレスガールズでの選手活動が注目される。
一度リングを離れた経験を持つ安川惡斗が、今度は自らの手で新しい舞台を作り、どのような物語を生み出していくのか。その挑戦は、2026年以降も追いかける価値がある。
主な事実確認資料: スターダム公式タイトル履歴、日刊スポーツ、デイリースポーツ、ベースボール・マガジン社、バトル・ニュース、映画『がむしゃら』公式情報、安川結花オフィシャルブログ、SEAdLINNNG公式プロフィール。