2026年の星野真里さんのマラソン挑戦は、単なる芸能人の長距離走ではなかった。
日本テレビ系「24時間テレビ49」のチャリティーランナーに決定したのは、2026年6月21日。SixTONESの番組「Golden SixTONES」内で発表された。
8月29日・30日の本番では、神奈川県の日産スタジアムをスタートし、東京・両国国技館を目指した。
そして8月30日午後8時42分、星野さんは見事にゴール。走行距離は80キロだった。
日刊スポーツやオリコンなどの報道でも80キロ完走が伝えられている。
ゴール直前に起きた感動的な出来事ゴール直前、星野さんは観客席にいる娘のふうかさんの姿を発見した。
そのままゴールテープへ向かうのではなく、娘のもとへ駆け寄り、強く抱きしめた。
この場面は番組の大きな見どころとなった。
完走後、星野さんは次のように語っている。
「本当ゴールできて、まずは一安心しています。待っててくださって本当にありがとうございました」
一方、レース中は順調な時間ばかりではなかった。
本人は、2日目の昼休憩後に膝が動かなくなり、その後どうなるのか不安だったと振り返っている。
それでも周囲のサポートを受けながら最後まで走り切った。
この80キロ完走は、過去のフルマラソン経験に加え、長期間にわたる準備があったからこそ実現したものだった。
【2008年から2026年】タートルマラソンとホノルルマラソンの経験を年表で整理

星野真里さんのマラソン経験を語るうえで欠かせないのが、2008年の大会出場だ。
実は、2026年の24時間テレビが人生初のマラソン挑戦だったわけではない。
星野さん自身の公式ブログには、当時の大会出場について具体的な記録が残されている。
2008年のタートルマラソン大会が最初の挑戦星野さんは2008年、荒川で開催されたタートルマラソン大会に出場した。
公式ブログ「ことばあそび」では、初めてマラソン大会に参加したことを報告。6000人を超える参加者の中で、谷川さんとそのマネージャーとともに走ったと記している。
当時のブログには、次の言葉もある。
「本番のホノルルまであと少し。楽しさを忘れずに頑張ります」
つまり、タートルマラソン大会はホノルルマラソンに向けた準備段階の大会だった。
2008年ホノルルマラソンでフルマラソン完走同年12月には、ホノルルマラソンにも挑戦している。
スポーツ紙のプロフィール記事などによると、星野さんの記録は4時間24分36秒。
フルマラソンの距離は42.195キロである。
20代でこの距離を完走していたことは、2026年の80キロ挑戦を理解するうえで重要な背景だ。
ただし、2008年のフルマラソンと2026年の80キロでは、求められる体力や持久力、準備の内容が大きく異なる。
星野真里のマラソン関連年表| 時期 | 出来事 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 2008年 | 荒川のタートルマラソン大会 | 初めてのマラソン大会 |
| 2008年12月 | ホノルルマラソン | 4時間24分36秒で完走 |
| 2026年6月21日 | 24時間テレビ49のランナー発表 | Golden SixTONES内で発表 |
| 2026年8月29日・30日 | 80キロマラソン | チャリティーランナーとして挑戦 |
| 2026年8月30日20時42分 | 両国国技館でゴール | 80キロ完走 |
| 2026年9月7日 | 練習距離を公表 | 自主練習込みで約400キロ |
| 2026年10月31日 | アフターストーリー出演 | 募金の使い道を取材 |
この年表から見えてくるのは、星野さんにとってマラソンが2026年に突然始まった活動ではないということだ。
2008年の経験から約18年を経て、今度は自分自身の記録ではなく、子どもたちの未来を支えるために走るという新たな意味を持った。
【練習の全貌】星野真里の総走行距離400キロと髙地優吾のサポート
80キロを走り切るためには、本番だけでなく、それまでの準備が欠かせない。
星野さんは2026年9月、自身のInstagramのストーリーで練習期間を振り返り、走行距離を明らかにした。
総走行距離は約400キロ日刊スポーツが2026年9月7日に報じた内容によると、星野さんがゴールデンウイーク明けからチームと行った練習は合計19回。
その総走行距離は130キロ以上だったという。
加えて、自主練習の距離を加えると、約400キロに達していたと明かした。
整理すると以下のようになる。
| 練習項目 | 距離・回数 |
|---|---|
| チームとの練習回数 | 19回 |
| チームとの練習距離 | 130キロ以上 |
| 自主練習 | 上記に追加 |
| 総走行距離 | 約400キロ |
ここで注意したいのは、400キロが本番で走った距離ではないということだ。
あくまで大会までの練習期間中に積み重ねた距離であり、80キロの本番とは別の数字である。
髙地優吾もトレーニングをサポート2026年のチャリティーパートナーにはSixTONESが参加していた。
そのメンバーである髙地優吾さんも、星野さんのトレーニングをサポートしていた人物の一人だ。
スポーツ報知などの報道によると、髙地さんは練習から付き添っていたことをゴール後に明かしている。
特に印象的だったのが、完走直後のやり取りだ。
総合司会の内村光良さんから「髙地との練習はどうでしたか?」と尋ねられた星野さんは、髙地さんの名前をコーチと聞き違えたような反応を見せた。
そして、マラソンの指導を担当したコーチ陣への感謝を述べた。
髙地さん本人が「髙地です」と伝える場面もあり、緊張感のあったゴール後に笑いが生まれた。
このエピソードは、トレーニングを支えた人々と星野さんの関係性を象徴する出来事でもある。
約400キロという数字から分かること80キロという距離を完走するには、単に速く走れるだけでは不十分だ。
長時間の運動に耐える体力、疲労への対応、ペース配分、周囲の支援など、複数の要素が関係する。
星野さんの場合、チームとの練習だけでなく、自主練習も積み重ねていた。
本人も練習を振り返り、次のように記している。
「努力ではどうにもならないこともあるけれどどうにかなっちゃうこともある」
この言葉は、完走という結果だけでなく、そこに至る過程への実感を表している。
【走る理由】星野真里が「できた!を増やす子ども募金」に込めた思い
今回のマラソンを理解するうえで、最も重要なのが走る理由だ。
星野さんがチャリティーランナーを引き受けた背景には、娘と過ごしてきた日々がある。
星野さんは2024年9月、長女が先天性ミオパチーという難病を患っていることを公表した。
娘は電動車いすや人工呼吸器を使用しながら生活している。
星野さんは、娘と歩んできた10年間を通じて、子どもたちが自分の居場所を自分で選べる社会になってほしいと願うようになったと、2026年6月の日本テレビの制作発表会見で語った。
走る理由は子どもたちの選択肢を広げること日本テレビの公式発表で、星野さんは次のような思いを明かしている。
「すべての子どもたちが居場所を決められてしまうのではなく、自分たちで、ご家族で、居場所を選ぶことができるようになってほしい」
この発言には、今回の企画の本質が表れている。
障がいの有無や家庭環境によって、子どもたちの選択肢が狭まってしまう社会ではなく、それぞれが自分の希望に沿った生活を選べる社会を目指すという考え方だ。
星野さんが掲げたのは、単に募金を集めることだけではない。
子どもたちが自分の力で何かを達成する経験を増やし、その可能性を社会全体で支えていくことだった。
「できた!を増やす子ども募金」とは?今回の24時間テレビ49では、星野さんの思いを形にする目的別募金として「できた!を増やす子ども募金」が設けられた。
従来の一般的な募金とは別に、子どもたちの可能性を広げる支援を目的とした仕組みである。
具体的には、次のような支援が予定・実施されている。
- 電動車いすなど、移動の可能性を広げるための支援
- 医療的ケアが必要な子どもと家族の外出・旅行体験
- 子どもたちが活動しやすくなる施設のバリアフリー化
- 障がいのある子どもとない子どもがともに学べる環境への理解促進
大切なのは、単に物を贈るだけではなく、子ども自身が「やってみたい」と思ったことを実現できる環境づくりに目を向けている点だ。
募金総額は4億円を突破募金額については、集計時点によって数字が異なる。
| 集計時点 | できた!を増やす子ども募金 |
|---|---|
| 8月30日・番組終了時 | 3億8054万8400円 |
| 9月30日までの集計 | 4億1224万6566円 |
2026年10月26日の発表では、9月30日までの同募金の総額が4億1224万6566円に達した。
なお、これは子ども募金単独の金額であり、24時間テレビ49全体の寄付金総額とは異なる。
番組全体の寄付金総額は15億5436万6256円で、歴代暫定4位と発表された。
最終的な寄付金総額の確定は、チャリティー委員会の決算終了後となる2027年7月初旬の予定だ。
【完走の真相】80キロのゴール時刻と放送後に明らかになった支援の現在
星野真里さんのマラソンについては、完走したのか、何時にゴールしたのか、どれほどの距離を走ったのかを知りたい人も多い。
ここでは、報道された内容を整理する。
ゴール時刻は午後8時42分2026年8月30日午後8時42分ごろ、星野さんは両国国技館でゴールした。
走行距離は80キロ。
日刊スポーツ、オリコン、スポーツ報知など複数の報道で完走が伝えられた。
ゴール直前に娘と抱き合ったことも報じられている。
一部のニュース配信記事には走行距離の表記に食い違いが見られたが、80キロ完走という内容は複数の主要報道で一致している。
したがって、2026年の結果を整理する際には、80キロ完走を基準にするのが妥当だ。
10月31日のアフターストーリーで募金の使い道を取材星野さんの活動は、マラソン完走で終わっていない。
2026年10月31日に放送された日本テレビの「24時間テレビ49 アフターストーリー 寄付金の使い道」では、星野さん自身が募金の活用先を取材した。
その中で紹介されたのが、脊髄性筋萎縮症の少女への移動支援機器「キャリーロコ」の贈呈だ。
この機器によって、少女は自分の意思で移動する機会を得た。
番組では、少女が友達と一緒に人生で初めて「だるまさんが転んだ」に参加する姿も紹介された。
また、星野さんは東京都江戸川区の医療的ケア児を支援する施設「ここね篠崎」も訪問。
障がいのある子どもと家族が安心して外出できる旅行体験や、施設のバリアフリー化などの支援計画についても取り上げられた。
この取材は、募金が実際に誰に届き、どのような変化を生み出すのかを伝えるものだった。
星野さんのマラソンは、80キロを走って終わる企画ではなく、支援を必要とする子どもたちの生活環境を改善する活動へとつながっている。
【歴代ランナーとの比較】星野真里の挑戦は何が違った?
24時間テレビのチャリティーマラソンは、1992年の第15回放送から始まった長寿企画だ。
初期のランナーには間寛平さんがいる。
その後も多くの著名人が参加し、時代ごとにチャリティーの目的や企画内容が変化してきた。
2024~2026年のランナー比較| 年 | ランナー | 主なチャリティー企画 |
|---|---|---|
| 2024年 | やす子 | 児童養護施設への支援 |
| 2025年 | 横山裕 | 子ども支援マラソン |
| 2026年 | 星野真里 | できた!を増やす子ども募金 |
2024年のやす子さんは、児童養護施設への支援を目的に走った。
2025年はSUPER EIGHTの横山裕さんがチャリティーランナーを務め、子ども支援をテーマにしたマラソンに挑戦。
そして2026年は星野さんが、子どもたちの可能性や居場所の選択肢を広げるために走った。
星野真里の挑戦が持つ独自性星野さんのケースで特徴的なのは、本人の過去のマラソン経験と、現在の社会福祉への関心が結びついていることだ。
2008年には自分自身の目標としてホノルルマラソンに挑戦した。
2026年には、子どもたちの可能性を広げるという社会的な目的を掲げて80キロを走った。
同じマラソンでも、その意味は大きく変わっている。
また、星野さんは俳優としての活動に加え、社会福祉士の資格取得も報じられている。
家族との経験から感じた課題を、資格取得やチャリティー活動、支援現場の取材につなげている点も見逃せない。
【プロの結論】星野真里のマラソンから読み取れる3つのポイント
星野真里さんの2026年の挑戦を振り返ると、注目すべき点は大きく3つある。
1. 80キロ完走を支えたのは継続的な準備
2008年のホノルルマラソン経験があったとはいえ、18年後の80キロ挑戦は別次元の取り組みだった。
チーム練習19回、130キロ以上の走行距離、そして自主練習を含む約400キロという数字が、その準備の大きさを示している。
2. マラソンを社会課題への入り口にした
今回の挑戦は、記録や順位を競うためだけのものではなかった。
子どもたちが自分の居場所を選び、やりたいことに挑戦できる社会を目指すという目的があった。
3. 完走後も支援活動が続いている
10月31日のアフターストーリーでは、募金によって実現した移動支援や、今後の家族旅行・バリアフリー化への取り組みが紹介された。
この点こそ、今回のチャリティーマラソンを評価するうえで重要だ。
マラソン企画の価値を考えるなら、完走したかどうかだけでなく、集まった寄付金がどのような支援につながり、誰の生活を変えるのかまで見る必要がある。
【星野真里のマラソン】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:星野真里は2026年の24時間テレビで何キロ走りましたか?
A1:80キロです。2026年8月30日午後8時42分ごろ、東京・両国国技館でゴールしました。
Q2:星野真里のマラソンのゴール時刻は何時ですか?
A2:2026年8月30日の午後8時42分です。
Q3:星野真里の練習での総走行距離は何キロですか?
A3:チームとの練習19回で130キロ以上、自主練習も合わせると約400キロです。
Q4:星野真里は2008年にもマラソンを走っていますか?
A4:はい。2008年に荒川のタートルマラソン大会に初参加し、同年12月にはホノルルマラソンを4時間24分36秒で完走したと報じられています。
Q5:星野真里がマラソンに挑戦した理由は何ですか?
A5:すべての子どもたちが自分の居場所を選び、やりたいことに挑戦できる社会を目指すためです。その思いから「できた!を増やす子ども募金」が設けられました。
Q6:髙地優吾は星野真里のマラソン練習に参加しましたか?
A6:はい。SixTONESの髙地優吾さんはトレーニングをサポートし、練習にも付き添っていました。ゴール後には2人の聞き間違いにまつわる微笑ましいやり取りもありました。
Q7:「できた!を増やす子ども募金」はいくら集まりましたか?
A7:2026年9月30日までの集計で4億1224万6566円です。番組終了時点の3億8054万8400円から増加しています。
Q8:星野真里はマラソン完走後も活動していますか?
A8:はい。2026年10月31日の「24時間テレビ49 アフターストーリー」に出演し、寄付金の使い道や子どもたちへの支援現場を取材しました。また、俳優としての活動も続けています。
2026年の星野真里さんのマラソン挑戦は、80キロ完走という結果だけでは語り尽くせないものだった。
2008年のタートルマラソン大会からホノルルマラソン、そして2026年の24時間テレビ49まで、長い時間を経て再び長距離走に挑戦した。
約400キロの練習を積み重ね、髙地優吾さんやトレーナー陣の支援を受けながら、午後8時42分にゴールした。
その背景にあったのは、子どもたちが自分の可能性を諦めず、自分の居場所を選べる社会になってほしいという願いだった。
加えて、10月31日のアフターストーリーでは、募金が実際の移動支援や子どもたちの体験機会につながっていることも紹介された。
星野真里さんのマラソンは、80キロを走り切った瞬間に終わったのではない。集まった支援を子どもたちの「できた!」につなげていく活動として、今も続いている。
今後は2027年7月初旬に予定されている寄付金の最終決算や、支援事業の進展にも注目したい。
主な参考資料:日本テレビ「24時間テレビ49」公式発表・番組情報、星野真里オフィシャルブログ「ことばあそび」、日刊スポーツ、オリコンニュース、スポーツ報知、マイナビニュース、TV LIFE。