プロ野球界を代表する坂本勇人と田中将大。実は2人には、プロ入りよりもずっと前、兵庫県伊丹市の少年野球チームで一緒にプレーしていたという特別な縁がある。小学校時代にバッテリーを組んだ幼なじみが、長い年月を経て同じ巨人のユニホームを着ることになったのだ。
2025年には田中将大が日米通算200勝を達成し、坂本勇人が花束を贈呈。さらに2026年5月には坂本が通算300本塁打を達成した。2026年シーズン終了時点では田中が日米通算204勝、坂本がNPB通算303本塁打に到達している。2人の関係は単なる同級生という言葉だけでは説明しきれない。
【幼なじみの真相】坂本勇人と田中将大はなぜ昔からの友人なのか?

坂本勇人と田中将大が幼なじみと呼ばれる最大の理由は、同じ兵庫県伊丹市で育ち、小学校時代に同じ少年野球チームに所属していたことにある。
2人が所属していたのは、地元の少年野球チーム「昆陽里タイガース」。同じ小学校の同級生として、野球を通じて一緒に時間を過ごした。
坂本は2007年に巨人でプロデビューした内野手、田中は楽天でプロ生活をスタートさせた投手だ。しかし、小学生時代のポジションは現在とは異なっていた。
当時の役割は、坂本が投手、田中が捕手。つまり、現在のプロ野球で活躍する2人は、少年時代にバッテリーを組んでいたのである。
坂本が投手、田中が捕手だった意外な少年時代2025年9月30日、田中将大が日米通算200勝を達成した際、坂本は少年時代の思い出を報道陣に語っている。
坂本によれば、田中は小学生の頃から体格が大きく、送球能力も周囲の子どもたちとは違っていたという。特に二塁への送球について、そのレベルの高さを印象深く振り返った。
加えて、2人には打撃練習で飛距離を競い合った思い出もある。坂本は、田中のほうが打球を遠くまで飛ばしていたと明かしている。校舎に向かって軟式ボールを打ち、互いに飛距離を競ったというエピソードは、少年時代の関係をよく表している。
坂本は当時から田中の能力を認めていた一方、負けたくないという気持ちも持っていた。田中が高校時代に投手として頭角を現した後も、その存在は坂本にとって刺激だった。
中学校進学後は別々の野球チームへ2人は中学校時代も同じ伊丹市立松崎中学校に通ったと報じられている。ただし、野球の活動については、それぞれ別の道を選んだ。
田中は宝塚ボーイズ、坂本は伊丹シニアに所属。小学校時代に同じチームでプレーしていた2人は、硬式野球の世界で別々に成長していくことになる。
この進路の違いは、その後のキャリアにもつながった。田中は駒大苫小牧高校で全国的な注目を集め、坂本は光星学院高校で才能を磨いた。やがて2人とも2006年の高校生ドラフトで1巡目指名を受け、2007年にプロ野球の世界へ進んだ。
同じ地域で野球を始め、同じ学校で学び、同じ少年野球チームでプレーした2人が、それぞれ異なる球団でトップ選手へ成長したという点に、この関係の特別さがある。
【関係と経歴を比較】坂本勇人・田中将大の歩みを時系列で整理
2人の関係を理解するには、少年時代から2026年までの経歴を並べて見ると分かりやすい。野球人生の出発点は共通しているが、その後の所属球団や経験は大きく異なる。
坂本勇人と田中将大のプロフィール比較| 項目 | 坂本勇人 | 田中将大 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1988年12月14日 | 1988年11月1日 |
| 出身地 | 兵庫県 | 兵庫県 |
| 少年野球 | 昆陽里タイガース | 昆陽里タイガース |
| 小学生時代のポジション | 投手 | 捕手 |
| 高校 | 光星学院高校 | 駒大苫小牧高校 |
| 2006年ドラフト | 巨人・高校生ドラフト1巡目 | 楽天・高校生ドラフト1巡目 |
| 主な所属球団 | 読売ジャイアンツ | 楽天、ヤンキース、巨人 |
| プロ入り | 2007年 | 2007年 |
| 2025年の大きな記録 | プロ通算2000安打達成は2020年 | 9月30日に日米通算200勝達成 |
| 2026年の記録 | NPB通算300本塁打達成、シーズン終了時303本 | 日米通算204勝 |
坂本と田中はともに1988年生まれ。いわゆる88年世代を代表する選手として長く注目されてきた。
この世代には、前田健太、秋山翔吾、柳田悠岐など、国内外で実績を残した選手がいる。坂本と田中は、その中でも高校生ドラフト1巡目でプロ入りし、早い段階からトップレベルで結果を残した存在だ。
田中は駒大苫小牧高校時代に甲子園で活躍し、2007年に楽天へ入団。2013年には24勝0敗という歴史的な成績を残し、同年の楽天初の日本一にも大きく貢献した。
その後、2014年から2020年までニューヨーク・ヤンキースでプレー。2021年に楽天へ復帰し、2024年まで在籍した後、2025年から巨人に加入した。
一方の坂本は2007年から巨人一筋。遊撃手として長年チームの中心を担い、2016年には首位打者、2019年にはセ・リーグ最優秀選手賞を獲得した。2020年には通算2000安打を達成している。
プロ入り後は別々の環境でキャリアを積み重ねたが、2013年のWBC日本代表、2021年の東京オリンピック日本代表では再び同じチームでプレーした。
つまり、2人は少年野球だけでなく、日本代表としても同じユニホームを着た経験を持っている。
【巨人で再び同僚に】田中将大の移籍で24年ぶりのチームメートが実現
2025年、田中将大が巨人に加入坂本と田中の関係が改めて大きな注目を集めたのは、2025年の田中の巨人加入だった。
田中は楽天を離れ、2025年から読売ジャイアンツでプレーすることになった。巨人には長年在籍する坂本がいる。小学生時代のチームメートが、プロの世界で再び同じ球団に所属することになったのである。
少年野球時代から数えると約24年ぶりのチームメートとしての再会。春季キャンプでは、坂本と田中の対決が話題になった。
2025年2月17日には、田中が巨人の春季キャンプでシート打撃に登板し、坂本と対戦。少年時代のバッテリーが、今度は投手と打者として向き合う構図となった。
坂本自身も「変な感じ」と再会を表現2025年3月2日の巨人対ヤクルトのオープン戦では、田中が先発し、坂本が三塁手として出場した。
小学生時代には坂本が投手、田中が捕手だったが、この日は田中が投手、坂本が内野手という、プロ入り後の役割で同じグラウンドに立った。
試合では坂本が三塁の守備に入り、田中の投球を支える場面も見られた。試合後、坂本は報道陣から感想を聞かれ、笑顔で「変な感じがしましたよね」と話している。
この言葉には、少年時代から知っている相手とプロの舞台で同じチームになったことへの、独特の感慨が表れていた。
単なる昔の友人ではなく、互いに刺激を受ける存在巨人での再会後、2人はそれぞれ苦しい時期も経験した。
2025年の坂本は打撃不振に苦しみ、田中も新天地で思うような投球ができない時期を過ごした。2人がともに二軍で調整する時間もあった。
しかし、坂本は田中の姿勢を高く評価していた。実績のある投手であっても、新しいことに取り組み、苦労しながらマウンドを目指す姿を見て、改めて尊敬の念を抱いたと語っている。
田中もまた、苦しい状況から現状を変えようと努力する坂本の姿を見ていた。長年の付き合いがあるからこそ、言葉を交わさなくても互いの努力を理解できる部分があるのかもしれない。
【200勝達成の感動】坂本勇人と田中将大が交わした言葉と印象的なエピソード
2025年9月30日、田中将大が日米通算200勝を達成2人の関係を象徴する出来事が、2025年9月30日に東京ドームで起きた。
巨人対中日の試合で先発した田中は、6回を2失点に抑える好投。チームが4対2で勝利し、田中は史上4人目となる日米通算200勝を達成した。
この試合で大きな意味を持ったのが、試合後のセレモニーだった。
田中に記念の花束を渡したのは、幼なじみでチームメートの坂本だった。花束を受け取った田中と坂本は抱擁を交わし、長い野球人生の節目を一緒に喜んだ。
小学生時代に同じチームで汗を流した2人が、プロ野球の歴史に残る瞬間を同じ球団の選手として迎えたのである。
坂本が語った田中への尊敬と祝福坂本は田中の200勝達成について、アメリカのヤンキースでも長くプレーしたことに触れ、自分たちには分からない苦労もあったはずだと語った。
「本当におめでとうしかない」
また、200勝を達成するまでの田中の努力についても、自分のことのようにうれしかったと振り返っている。
坂本が特に評価したのは、田中の精神的な強さだった。高校時代から見てきた田中について、マウンドに立つと闘争心が強く表れる選手だと語っている。
田中の実績だけでなく、長年変わらない姿勢を認めていることが分かる発言だった。
田中も坂本の2000安打を祝福していた2人の関係は、一方的なものではない。
坂本が2020年に通算2000安打を達成した際には、田中から「勇人なら当然」という趣旨のメッセージが届いたと共同通信の報道で伝えられている。
そして2025年には、坂本が田中の200勝を祝福する側になった。
田中は楽天時代に日本一を経験し、メジャーリーグでも長年プレーした。坂本も巨人の中心選手として数々のタイトルや記録を積み重ねてきた。
それぞれ異なる舞台で成功を収めた2人が、節目の記録を互いに認め合っている。この相互の敬意こそ、現在の関係を理解するうえで要点だ。
【2026年最新】坂本勇人の300号本塁打と田中将大の日米通算204勝
2026年は、2人にとって新たな記録が生まれたシーズンとなった。坂本はNPB通算300本塁打を突破し、田中は日米通算204勝に到達している。
坂本勇人が2026年5月13日に通算300本塁打達成2026年5月13日、巨人は福井で広島と対戦。試合は延長12回までもつれ込んだ。
1点を追う12回裏、坂本は1死一、二塁の場面で打席に立ち、広島の遠藤淳志が投じた初球のチェンジアップを捉えた。
打球は左翼スタンドへ飛び込む逆転サヨナラ3ラン。これが坂本にとってNPB通算300本目の本塁打となった。
NPB史上48人目の通算300本塁打達成であり、巨人生え抜き選手としても歴史的な記録だった。
坂本は試合後、この一発について「一生忘れない」と感慨を語った。プロ20年目にして到達した大記録は、少年時代から野球を続けてきたキャリアの大きな節目となった。
NPBの2026年シーズン終了時点で、坂本の通算本塁打は303本となっている。
田中将大は2026年シーズンに4勝を追加田中将大も2026年シーズンに巨人の投手として登板を重ねた。
NPBの公式年度別成績によると、2026年の田中は次の数字を残している。
- 登板:13試合
- 先発:13試合
- 勝利:4勝
- 敗戦:4敗
- 投球回:68回1/3
- 奪三振:49
- 防御率:3.42
田中は2025年9月30日に日米通算200勝を達成していた。2026年にNPBでさらに4勝を加えたことで、シーズン終了時点の日米通算勝利数は204勝となった。
内訳は、日本でのNPB通算126勝と、メジャーリーグでの78勝。合計204勝という数字は、楽天時代の圧倒的な実績とヤンキースでの7年間の経験、そして巨人での復活を目指す歩みが積み重なったものだ。
2026年2月16日、キャンプで再び実現した幼なじみ対決2026年2月16日には、沖縄・那覇で行われた巨人の春季キャンプで、田中と坂本の対決が実現した。
田中が今キャンプ初の実戦形式となるライブBPに登板し、坂本が打席に立った。カウント1-1から始まった対決では、坂本が田中の初球の直球を捉えたものの、結果は中飛。田中に軍配が上がった。
この場面では球場から大きな拍手が起こり、2人の少年時代を知るファンにとっても印象的なシーンとなった。
対戦後にはベンチで言葉を交わし、坂本は田中の球の出力を評価。田中も坂本がストレートをしっかり捉えていたことに触れ、調子の良さを感じていたと話している。
ただし、この対決は春季キャンプ中のライブBPであり、NPB公式戦での投手対打者の対戦ではない。2026年の公式戦で2人が敵味方として対決したという意味ではない点には注意したい。
2026年シーズン終了時点の2人の記録2026年11月時点で確認できる主な成績を整理すると、次のようになる。
- 坂本勇人:NPB通算303本塁打。2026年は67試合出場、打率.175、5本塁打、19打点。
- 田中将大:日米通算204勝。2026年は13試合に先発し、4勝4敗、防御率3.42。
坂本は2026年、出場機会が限られ、打率も低い数字にとどまった。一方で通算300本塁打という大きな節目を突破している。
田中もかつての24勝0敗という全盛期の成績とは異なるが、2025年の200勝達成に続き、2026年も一軍で4勝を積み重ねた。
数字だけを見れば、2人ともキャリアの終盤に差しかかったベテラン選手だ。しかし、記録への挑戦を続ける姿勢は変わっていない。
【プロの結論】坂本勇人と田中将大の現在の関係は?噂と事実を整理
現在も幼なじみであり、巨人のチームメート2026年現在の坂本と田中の関係を端的に表すなら、少年時代からの幼なじみであり、プロ野球の舞台でも互いを認め合う同学年の仲間だ。
2人は昆陽里タイガースで出会い、中学校時代をともに過ごし、プロ入り後には日本代表でも共演した。2025年からは巨人で再びチームメートとなり、2026年も同じ球団でプレーしている。
200勝を達成した田中に花束を渡した坂本の姿や、キャンプでの和やかな会話は、長い付き合いがある2人ならではの関係を感じさせる。
「仲が悪い」「疎遠」という見方は事実なのかインターネットでは、2人の関係について仲が良いのか、昔ほど交流がないのかといった疑問が検索されることもある。
しかし、報道で確認できる事実は、少年時代からの交流、2018年のゴルフでの共演、2025年の巨人加入後の再会、200勝達成時の祝福、2026年のキャンプでのやり取りなど、互いの関係を示す出来事が複数あるということだ。
一方で、プライベートで毎日連絡を取っている、常に一緒に行動しているといった具体的な情報まで公表されているわけではない。
したがって、仲が悪いと断定する根拠も、私生活で常に行動をともにしていると断定する根拠もない。公に確認できるのは、長い野球人生を通じて互いに敬意を持って接している姿だ。
2人の関係を理解するために知っておきたい3つのポイント1つ目は、単なる同級生ではなく、少年時代に実際にバッテリーを組んだ仲間だということ。坂本が投手、田中が捕手という組み合わせは、現在のプロでの役割と逆であり、2人の関係を象徴するエピソードになっている。
2つ目は、プロ入り後も日本代表や巨人で共演していること。少年時代の縁が一度きりで終わらず、異なるキャリアを歩んだ後も何度も交差している。
3つ目は、互いの成功だけでなく、苦しい時期も知っていること。2000安打、200勝、300本塁打という記録だけでなく、二軍での調整や不振に苦しむ姿も見てきた。だからこそ、互いの努力を評価する言葉に重みがある。
坂本と田中の関係を読み解く際は、SNS上の憶測や写真の有無だけで判断するのではなく、本人たちの発言、公式戦での出来事、報道された交流を基準にするのが適切だ。
【坂本勇人と田中将大の関係】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:坂本勇人と田中将大は本当に幼なじみなの?
A1:本当です。2人は兵庫県伊丹市出身で、小学校時代に少年野球チーム「昆陽里タイガース」で一緒にプレーしていました。坂本が投手、田中が捕手としてバッテリーを組んでいたことも報道されています。
Q2:坂本勇人と田中将大は巨人でいつからチームメートになった?
A2:2025年からです。田中が楽天を離れて巨人に加入したことで、少年野球時代以来、約24年ぶりに同じ球団のチームメートとなりました。2013年のWBCや2021年の東京オリンピックでも日本代表として共演しています。
Q3:坂本勇人と田中将大の2026年最新記録は?
A3:2026年シーズン終了時点で、坂本はNPB通算303本塁打、田中は日米通算204勝です。坂本は5月13日に通算300号本塁打を達成。田中は2026年に4勝を加え、通算204勝となりました。
Q4:2026年に坂本勇人と田中将大は対決した?
A4:2026年2月16日の巨人春季キャンプでライブBPの対決が実現しました。坂本は田中の直球を打ち返しましたが、結果は中飛でした。これは公式戦ではなく、実戦形式の打撃練習です。
Q5:坂本勇人と田中将大は現在も仲が良い?
A5:公に確認できる範囲では、互いを尊敬し、親しみを持って接している関係です。2025年の田中の200勝達成時には坂本が花束を渡し、2026年のキャンプでも和やかな会話を交わしています。私生活での交流頻度などは公表されていません。
坂本勇人と田中将大が幼なじみと呼ばれる理由は、兵庫県伊丹市の昆陽里タイガースで一緒に野球をしていた少年時代にある。
坂本が投手、田中が捕手としてバッテリーを組んだ2人は、中学校以降それぞれ異なる野球の道を進み、2007年にプロ入り。坂本は巨人で長年活躍し、田中は楽天、ヤンキースで輝かしい実績を残した。
そして2025年、田中の巨人加入によって再び同じチームに。9月30日の田中の200勝達成では、坂本が花束を手渡し、幼なじみの大記録を祝福した。
2026年には坂本が通算300本塁打を突破して303本に到達し、田中は日米通算204勝を記録。2人とも年齢を重ねながら、新しい節目を刻んでいる。
注目すべきなのは、単に2人が昔からの友人ということではない。少年時代から互いの才能を知り、プロの世界で異なる成功と苦難を経験し、再び同じユニホームを着ていることだ。
幼なじみであり、ライバルであり、チームメートでもある坂本勇人と田中将大。2026年以降も、それぞれの記録への挑戦と、巨人で見せる2人の共演から目が離せない。